今回は、キャリアweek を裏で支えた原 哲也さんにインタビューをさせていただきました。原さんは、対人支援者のための勉強会を主催者として10 年間続けていらっしゃいます。その積み上げと経験、そして1 つの勉強会からコミュニティへ。時代にあわせ、10 年間も継続できている秘訣はなんであるのか。不安よりも「やってみる!」という行動の後押しになるのは「信頼」という名でつながった仲間の存在。語りの中からその秘訣が見えてきました。
※キャリアweek: ライフ・キャリアを振り返る1 週間~キャリア専門家、一般の方にも人生(ライフ・キャリア)について立ち止まり考えてもらう期間~」というコンセプトで東京大会前の1 週間をキャリアweek としてCDA が中心となってさまざまなイベントが開催されました。詳しくは、61号本誌JCDA 東京大会開催報告p19 に掲載しています。

マイキャリア
-本業は何をされていますか?
原さんって何をやっている人なんですか、とか、得体が知れないとかよく言われます。普段はIT 開発や運用のプロジェクト管理支援をしています。交通整理役ですね。IT 業界は転職で入っていますが、かれこれ20 年経ちました。転職前は業務用音響機器の輸入代理店でマーケティング部にいました。吸収合併があり、合併の移行が終わったところで会社を去るのですが、この移行の経験とマーケティングでやっていた展示会担当の経験がプロジェクト管理に活きたんです。前職の経験の価値をIT の現場で見出してくれたのは、最初の現場で同じチームだった、ほかの会社のリーダーさんでした。技術なしで転職したので、日々、新しいことに対応していくのに必死でしたが、ある会議で、私がちょっとした交通整理をした時に「ハラ坊、そのやり方、どこで覚えた?」って声をかけてくれて。それが自信になりました。あの時やっていたことって、こんなふうに役に立つんだ。自分にもこのチームで役に立てることがあるんだって。それからずっと交通整理役です。単純ですよね。

上司の一言
-どういう経緯でCDA になろうと思ったのですか?
20 年以上前ですが、実は産業カウンセラーを受験したことがあるんです。きっかけは、当時の上司の一言でした。「原君と話をしていると頭が整理されるんだよな」。その言葉にその気になって。「え!人の話を聞くって、役に立てる方法なんだ」って。
ところが、当時、絶対に落ちないと言われていた実技試験が不合格になり、それで再受験は止めました。でも、心理療法や支援プロセスの理論とか面白くて、心理学の勉強はずっと続けたんです。10 年くらい、いろいろやりましたね。で、ある日、かみさんに言われたんです。「あなたは何をしたいの?何か形になることに取り組んだら」って。言われてみれば、確かに勉強はすれど、形になってないなぁと。そこで、資格を取ろうと。産業カウンセラーの再受講も考えましたが、自分の中では、キャリアの視点も大きくなっていたのでCDA に決めました。
あと、CDA 取得を後押ししたのは、やはりIT の現場での経験でしたね。私の場合、火の噴いたプロジェクトへ参画することが多かったんです。プロジェクトリーダーを支援しに行くわけですが、参画した時点では、時、すでに遅しで、リーダーが燃え尽きている。支援に行っているのに、ただ、プロジェクトの交通整理をするだけ。何をやっているんだろうなぁと。目の前に燃え尽きたリーダーを見ながら、何にもできないんだなって。私としては、エンジニアとして誇りを持って笑顔で現場にいてもらいたかった。しかし、彼らは現場を去っていくことになる。そんなことが何度かあり、そのことに対して自分は何かできないんだろうかという思いが強くなっていました。
しかし、CDA 取得は簡単には行かず。CDA も実技で落ちて、「もう、受験しない!」とまたふてくされて、頭を冷やすのに1 年かかりました。その後、再受験を決めたのは、講師の原 恵子先生や仲間が、ずっと見守ってくれていたおかげです。そして、2011 年1月、CDA の合格通知をいただきました。

 「やりたいことを思い出しました!」
-原さんといえば「勉強会」ですけど、勉強会はいつから始めたのですか?
10 年くらい前ですね。キャリアの勉強を始める前です。当時参画していたプロジェクトで他社の方が私に「勉強がしたいです」って声をかけてくれて。先ほどお話した、リーダーを支援することへの自分なりのチャレンジになりました。私はトレーナー役で講義をやったり、ワークをやったり。みんな喜んでくれましたね。「そんなふうに観ることができるんですね!」と、視野が広がり、視点が増えることの明快さ、自由さを感じてくれました。
それで思ったのが、世の中に面白くて、自分を自由にしてくれる智慧や研究があるのにそれを必要としている人には届いていないんじゃないかと。この智慧と人が出会う場をつくっていきたいと思いました。
しかし、勉強会をきっかけに、参加していたリーダーが転職するという事態に。えらいことになったと思いましたよ。でも、「原さん、やりたいことを思い出しました!」って、いきいきとした顔を見て、これで良かったのかなとも。この件はその後も悩みました。

対人支援者のための勉強会とは
- CDA の勉強会はどのように始まったのですか?
養成講座の流れで神田30I クラスとJ クラス合同で試験対策の勉強会を開催しました。最初はI クラスの佐々木 朋徳さんが幹事をやっていてくれて、二次試験の対策になるところで、私がバトンを受け取りました。それが今のSGCD(Study Group for CareerDevelopment)のはじまりでした。第1 回目は2009 年11 月23 日でした。正直、二次試験対策よりもその先のことをやりたかったので、早々に「対人支援者の成長とケアの場」というコンセプトを妄想していましたね。

「笑顔」を大切にしたい
- SGCD にはモットーがありましたよね。
CDA ってどんな社会的な機能を果たすんだろうか。私たちの役割って何なんだろうか。そのことを人権など原理的な観点からも考える場にしたかったんです。「大切にしていることを大切にするために私たちができること」というのが今のモットーというかテーマなんですが、もともとは「笑顔の権利を取り戻せ!」だったんです。
みんな一人一人が大事にされていいはず。でもそうなっていない状況がある。だから一人でも多くの人が笑顔でいられるような支援ができたら、と。
でも友人の一人が「笑顔も権利って形じゃないと大切にされないって、何か寂しいよね」って。それで考えたんですよ。もっと優しい言葉はないかなって。そんな時、一緒に幹事をしてくれていた沼井 志保さんが「相手のことも大切にするって、相手の大切なことを大切にするということですね」と言ったのを聞いて、それだ!と思って使わせてもらっています。

「それ、面白そう!それ、みんなでやってみよう!」が原動力
- 7 年間、続けてこられた秘訣は何ですか?
面白いと思えるものを見つけたり、教えてもらったら、まずは、やってみよう。それもみんなでやったらずっと面白いはず。で、どんなことが起きるか、どんな体験になるか。そこからその価値や意味を理解してみよう。ということでしょうか。私自身が楽しみたい。
なので、「それ、面白そう!」と思ったら、まず、会場を予約することから始めます。熱が冷めないうちに開催できる最短の「空き」を探す。それから、Facebook にイベントページを立てて、最後にプログラムを考えますね。
例えば、今年のゴールデンウィークの10日連続ワークショップは、会場が予約し放題だったので実現できたという要素は大きいです。10 日連続と決めたのが4 月28 日でしたから。あと、続けていく支えは、何といっても、参加していただいているみなさん、そして共に場を創ってくださった幹事の仲間の存在。特に、幹事として毎回静岡から東京に来てくれている粳田 一博さんには本当に感謝しています。放り出したくなるたびに助けてもらいました。

共に時間を過ごす
-ここ最近、SGCD が変わったと耳にしますが。
数年前、知識提供型のコンテンツに違和感を覚え、お山の大将になる危機感を感じて、立ち止まってみたんです。「いいこと言うのやーめよ」って。それがコンテンツをつくり込まない、参加者のみなさんで意味をつくるという方向に動いたのでしょう。
NVC がもとになっている「共感的コミュニケーション」、「真夏の夜の非構成」をはじめとする非構成シリーズ、私の自己開示的テーマから始まった「フワクのミライ」、そしてPCA による事例検討の「PCAGIP」。ラインナップがずいぶん変わりました。
あと、私自身の変化とつながっています。ここ数年、自分自身が見えなくなったなと感じていました。ビジョンや役割、そしてあり方といったものまで。その中で自分を感じるために体験した、NVC、T グループ、フォーカシング、プロセスワークの影響が大きいと思います。
特に大きかった体験は、T グループで、自分の行動の源泉に「仲間を大切にしたい」という強い思いがあることに気づいたこと。それを素直に認めてからは、自分自身が場にいても安心していることができるようになりました。ざわざわしないというか。それとともに「はらてつさんの創る場だから参加しました。」という声を多くいただくようになりました。
コンテンツも「共に時間を過ごす」場という意味合いに変わってきたと思います。

キャリアweek が始まるまで
-最後にキャリアweek についてですが、原さんはどう関わられたのですか?
大会委員長の渡邊 葉一さんと広報の酒井章さんから2 月末に連絡があって、「大会前の一週間を縁日のようにイベントが開催される期間にしたい」と。飯田橋の居酒屋で、お二人からコンセプトをお聞きして、これは面白くなると思いました。
「いいですね、やりましょう!終わった時に寂しさがあるような、そんな時間にしましょう!」と、ビールの酔いも手伝って、即決。
すぐにコンテンツを持っている方々とコミュニティを持っている方々に連絡して「やってみませんか」と声がけ。「でも全部自分で準備してね」という条件つき。時間的に問題になるのは会場なので「コンテンツが決まってなくてもいいから、まず場所は確保して!」と。もう、無茶苦茶ですよね。私がこんな調子なので、支部、研究会の方々へのお声がけは、事務局にお願いしました。
ゴールデンウィークまでは、みんな手探り状態といった感じでした。その後、勝田 千砂さんが先陣を切ってイベントを挙げてくれたところから動き出しましたね、一斉に。おーって思いましたよ。「キャリアweek って、こうなるんだ」って。Facebook にどんどんイベントがあがってきたんですよね。

仕掛けが背中を押す
-キャリアweek はどんな時間だったのでしょうか?
キャリアweek の振り返りをして分かったことですが、主催者も参加者もキャリアweek がいろいろな「きっかけ」になっていた。
主催者にとっては、初めて場を開いてみることだったり、自分のビジョンの実現の一歩だったり、コラボレーションの試みだったり。参加者にとっては、気になっていたイベントへ初参加の機会だったり、自分を見つめる時間をとるきっかけだったり、久しぶりにCDA として行動してみることだったり。
不安よりも「やってみる」「行動してみる」思いが強くなる機会だったようです。「キャリアweek」という仕掛けが背中を押してくれていたんではないでしょうか。
あと、「信頼」。これは大きかったと思います。本来だったら、多くの手続きや打ち合わせをもって準備するところですが、流れの中で連携できていく。参加者の方々も一緒に場を創る。信頼が、安心して場をつくること、安心して自分を表現することを支えていたんじゃないかと。
やっぱり、やってみないとわかりませんよね。自分がやってみる。一緒にやってみる。コンテンツがどういう面白さを持っているのか、場はどのように変化していくのか。どこでつまずくのか、そして、自分自身は場の中でどうあろうとしているのか。それを体験して気づいていく。そして、日常へ、次のステップへつないでいく。キャリアweek は、関わった人にとって、そんな体験学習の場だったのではないかと思っています。
来年もキャリアweek があったら、私は福岡で「共感的コミュニケーション」を開催しようと思っています。もう、福岡の会場は取りましたよ。

SGCD 紹介ページ
http://www.slideshare.net/smilerights/sgcd-outline

<取材を終えて>
私が原さんと出会ったのは3 年程前。ある飲み会の帰り道でCDA の今後のことを熱く語った記憶があります。そして、今回はそのルーツを聴き出す機会。とても興味深く、突っ込みを入れながら話を聴くことができました。今年初めての開催「キャリアweek」、ある日、企画説明会と呼び出され、私は友人と「Career Bar」を開催しました!来年は、福岡…さらなる発展が楽しみです。

聴き手:JCDA 広報ボランティア
    磯貝 和子

JCDAホームページ