バックナンバー(もっと見る)

2017年05月号 vol.63

【特別寄稿①】 いま、求められるがん患者へのキャリア支援 ~がんになっても...

2016年11月号 No.61

【CDAインタビュー】 「知識提供型」から「共感・体感型」へ ~参加者が企...

2016年8月号 No.60

【巻頭特集】 災害復興者支援コーナー   ~CDAとしてできること~ 【経...

JCDAジャーナル

2017年01月号 vol.62

看護師、看護職員教員をへて、看護職専門のキャリアカウンセラーへ

2017年08月14日 15:58 by jcda-journal

キャリアコンサルタント国家資格元年、今、私たち多くのキャリアコンサルタントは、今後どのように生きていくのかを考える時期となっています。そんな状況を理解していたかのように、10 年も前から、自らの方向性を決め、迷うことなく突き進んでいるかっこいい女性がいました。 『看護師』という職業を現場・教育・育成、そして病院の組織コンサルタントとして活躍するまでのストーリーです。hamada

-キャリアカウンセリング(CDA)に興味を持ったきっかけとCDA を取得してみて、いかがでしたか?

私は21 歳から看護師として就業しています。高校のあと看護専門学校を卒業して、ずっと看護師をしていました。卒業後7~8 年目位の時に、看護師が退職して他の病院に職場を変える、あるいは、他の職場から入職してくる看護師を見ていて、「なぜ、職場を変えるのだろう」、「看護師の仕事はどこでも同じだし、今、目の前の苦しんでいる治療やケアが必要な人と簡単にお別れできるのはなぜなのだろう」と思いました。そのような気持ちから、徐々に仕事の意味について考え始めるようになりました。私自身は、職場を変えたいと思ったことはなく、そういう気持ちになるのはなぜなのかを知りたいと思うようになりました。一方で、チームで医療を進めてきた集団のメンバーが変わることに対しても残念な気持ちがありました。同じ目標を持って働いてきた仲間だと思っていたのに、その目標を達成するに至らず職場を去ることが、患者さんにも影響することが口惜しい気持ちもあったからです。

看護師が職場を変える理由はさまざまです。労働環境の問題、ライフスタイルの変化、職場の人間関係、自身の学習準備状況など、早期に関わっていれば解決できる問題があることにも気づきました。さらに、早期に支援する状況が作れないのは、本人が悩んでいることを他者に相談していないことにも気づきました。何とかならないものかと考えながら過ごしていると、職場内だけで考え続けていても問題は解決しない、第三者が介入することがなにか解決の糸口になるのではないかと思うようになりました。しかし、それがどうすれば実現するのかわかりません。漠然と起業することのイメージをしていても、具体的にどのようにしたらよいのかもわからない状況が続きました。 

そんなある日、看護学校から教員にならないかと誘いがありました。私は、看護師が働き続けるための支援をするには、今、看護学校でどのような教育がされているのか、学生の特徴は変化しているのかなど、俄然興味が湧いてきました。そのときすでに、起業することをイメージしてステップを踏もうとしていたのだと思います。そして、なんとか、看護学校に転職することができました(いろいろとありましたが、ここでの顛末はまた別の機会に)。看護学校では看護学生の教育内容や学生、世代の特徴などがわかる体験ができました。もちろん学習支援や教授方略、授業研究も学び多きものでした。そして、教員としてのキャリアは3 年間にしようと決めていた私は、予定通りに退職しました。この時の私は「そろそろ、本格的に看護師を職場の外部から第三者として支援する仕事を考えたい」と思っていました。

なにをどうしたらよいかと思っていたとき、人材紹介・派遣会社を起業して社長業をしている看護師に出会いました。その看護師は「そんな風に考えているのだったら、うちの会社で修業したら?」と言ってくれました。修行しようとしている企業は「転職支援」です。私がしたいことは「離職対策」です。全く逆の世界に入ろうとしているとは認識しないままに修業を始めましたが、能天気にも、「私にはキャリアの神様がついている」と思ってウキウキしていました。さらに、起業の準備を始めるために、会社での修業と同時進行で、私がしたい仕事を同じようにしている人はいるのだろうかと探し始めることにしました。そのころ、看護師の世界で起業家は本当に少なかったので、キャリアの支援をするといったら、転職支援しか見つけることが出来ませんでした。そこで、医療や看護師から離れてキャリアのキーワードで検索を始めました。そこで初めてCDA を見つけることが出来たのです。今から10 年前の話です。 

CDAの学習を始めたころから、転職支援の仕事が苦痛で仕方ありませんでした。転職させたくないと思っている私が全く逆の支援をしなければならなかったからです。職場を変えたいと相談に来る看護師に対して次の職場の情報を提供するよりも、今の職場で働き続けることの意味について一緒に考えたくなるからです。でも、それでは会社の利益につながりません。また、転職先の病院に対する営業活動でも、採用を管理する事務部門の看護師に対する人身売買のような感覚や、看護師を紹介すると年収の何割かが支払われるというシステムに吐き気がしました。そして、そんな話がされていることは、転職先を紹介してもらえると単純に思っている看護師には全く説明されてもおらず、お金の流れなど全く興味もなく情報収集の手間を省きたい看護師のお気楽さにもガッカリする日々でした。今になってみれば、ニーズのあるところにビジネスが発生するのは当然のことで、看護師自身が職場の選択やキャリアの歩み方を知らなすぎ、そして、世間知らずであったということが理解できます。しかし、その時には、そんなことは考えることもできず、「ここは私のいる場所ではありません」と社長に泣きながら訴えて退職に至りました。その後はとにかくCDAの資格取得に集中しつつアルバイトで生活をつないでいきました。
CDAの資格を取得した後、私は堂々とキャリアカウンセラーという肩書で活動できると思い、自営業で起業し、フリーランスで看護職に対する支援を始めました。臨床で考えていた、組織外から第三者としてキャリアを支援する仕事を始めたのです。

 一つ一つの経験が広がり、今となり、そして未来へと続く…

-「実際にフリーランスで活動を始めて、NPO法人看護職キャリアサポートを設立するまでのことを教えてください。

2006年からフリーランスとして活動を始め、2010 年にNPO 法人を設立しました。始めの4 年間は、キャリアカウンセラーが生活できるレベルに達することができるか、また、看護師に対してニーズがあるのかを見極めていました。活動を続けていく中で、手応えがあり、看護師へのニーズも高いことがわかってきました。また、周囲の人から法人にすることで仕事の幅が広がると言われ始めました。また、看護師や病院が顧客のため、株式会社という利益追求を感じられると抵抗感が強いため、病院関係に受け入れやすいNPO法人にしました(NPO法人と言っても、収益事業メインの運営で利益は出します(笑))。

-具体的には、4 年間の活動はどんなことをしていたのですか

はじめは、キャリアカウンセリングをサービスとして提供していました。お金を払う効果があるのかないのかの検証です。一番初めの仕事は、転職の新規入職者の職場適応支援でした。定着率の低い病院と契約、入職後6 ヵ月までに強制的に3 回の定期面談を実施し、話しを聴くということでした。ただ話を聞くだけなのに「大変なこと、嫌なこと、あんなことやこんなことまで…」さまざまな話が出てきました。そんなことを続けていたら、結果として辞める看護師がいなくなりました。そして、2 年間くらいで200 名くらいの話を聞いていたら、ほとんどの看護師が定着するまでに、同じようなプロセスをたどることがわかってきました。入職後3 ヵ月後にミスが多くなるとか、ミスの原因が慣れてきた油断からであり、そしてそれを防ぐためにどんな声をかけたらいいのか…など。それを職場に伝えたところ、今度は、支援者側の支援を求められるようになってきました。そして、さらに発信をすることが増えてきたら、今度は職場支援もできるようになりました。その後もどんどん広がり、教育プログラムの支援までできるようになりました。
この頃から、自分なりにやれる!という手応えを感じ始めました。と同時に他の看護師や病院に口コミで広がり仕事の依頼が来るようになりました。 はじめは、実績を作りたい一心に病院にお願いをする立場だったのに今では、病院や職能団体からオファーが来るようになりました。仕事としては、雑誌の企画監修や執筆依頼なども増えてきています。

 定着のポイントは、定住できること

「看護職キャリアサポートYOKOSUKA」横須賀市との協働事業として、復職・就職支援のほか婚活パーティまで(!)様々なイベントやセミナーを開催して看護師を支援されていらっしゃいまらの活動も詳しくお聞かせください。

この事業は2013 年から横須賀市とのモデル事業として、今年からは受託事業として展開しています。横須賀市内に看護師が定着することで医療や看護の質を保ち、横須賀市の市民のヘルスケアに貢献できる専門職としての責任を果たすことを意識して実施しています。量的な確保のための就職説明会のほか、カウンセリングによる復職支援や教育研修も実施していますが、夫の転勤で離職をしてしまう、あるいは、定住する理由がない地方出身者に横須賀市内の看護師を継続してもらうために、横須賀市内に定住している転勤のない男性と出会えるように婚活パーティも開催しました。今までに3 組、成婚しています!詳しい活動内容はホームページを参照してください。

- 看護業界でキャリアカウンセリングにて、看護師支援をされてこられたのですが、CDA取得後10 年にして経験代謝の良さを知り、現在はスーパーバイザー養成講座をご受講されていますが、なぜ受講をしようと思ったのかを具体的にお話しいただけますか?

CDAの資格を取得した2006 年から、実務で1 回更新をしましたが、JCDAの主催する研修からは遠ざかっていました。そのため、経験代謝の概念をまったく知りませんでした。そんな中で、スーパーバイザーの資格取得にチャレンジしたのは、看護職のキャリア支援をしていると、管理職からカウンセリングの方法について相談される機会が多くなり、カウンセリングを教えるための知識とスキルが私にはないので、身に付ける必要がありそうだと考えたからです。講座が始まり、初めて経験代謝を知りました。しかし、看護師の臨床における学習方法に酷似していることに気づいたりもしました(コルブの経験学習理論ですね)。

  ただ話を聞いているというスタイルから、本人が気づくスタイルへ

-スーパーバイザー養成講座を受講して変わったことはありますか?

この研修を受けて、経験代謝の構造があり、カウンセリングで意図的に問いかけるという方法があったんだ!!ということに衝撃を受けました。教員経験もあったので、学生との関わりに似ているとも感じました。当時は、学生に対して、「ここで学ぶことは何か?」、「これからすることは何なのか?」、「患者さんとどういうことを話したらいいのか」と問いかけていたことを思い出しました。また、現場のナースに必要な教育的支援は看護観を深めることです。大事なことは、問いかけの方向。「患者さんとなにが起こっていたのか」、「どう関わったのか」、「これからどう関わっていくのか」などという方法でした。これがキャリアカウンセリングに置き換えると、自己概念の成長なのだと思いました。相手の反応を見ながら、想定しながら考えながら相手の反応によって、何を学ばせたいのかを考える、意図的に関わる、問いかけると考えた時に経験代謝が理解できてきました。
受講をする前は、心理カウンセリングとキャリアカウンセリングの違いが自分なりに説明することができず、何が違うのか?と思っていました。キャリアカウンセリングは、うまくいかないことの解決方法ではなく、一人一人が積み重ねた経験を活用して自己概念の成長に導き、在りたい自分を意識した未来を考えることだと思うようになりました。体験を経験に変えて積み重ねて自分なりに概念化するのだと思っています。
最近のカウンセリングは、問いかけを意識するようになっています。目の前のクライエントの再現すべき経験は何か、内省ポイントはどこだろう?と考え、問いかけ、話を聴き、最後に「そんなあなたをどう思いますか?」という幽体離脱(客観視)を試みています。

 自律したキャリアを歩む看護師を増やすためのことをいつも考える

-今後は看護師支援の活動をどのように展開されていきたいですか?抱負ややってみたい事、展望をお聞かせください。

これからの医療・介護・福祉の世界は2025年問題(超高齢社会)や人口減少社会における人材不足の問題、そして、団塊世代の退職による世代交代で、この先の未来は未知の世界です。世界で類を見ない状況を各国がどのようにして日本が乗り越えるかを見守っていると言われています。生産年齢人口が減少している状況で経済発展をどのように進めるのか、単一民族で閉鎖的な島国気質の日本人が、どのようにしてグローバル化とダイバーシティを実現していくのかを考えなければなりません。そういった日本で看護職が果たすべき役割について考えつつ、これからの看護師が自律したキャリアを歩むことで生き抜くための方策について、ただ今模索中です!うふふ、企業秘密が多いですよ(笑)。

-ありがとうございました。ますますのご活躍を期待しています。

<取材を終えて>
私の濱田さんの第一印象は、「この人、きっと私と波長が合う!」でした(笑)。その直感は当たり、何度か研修でご一緒するごとに、交流が深まっていきました。「私、CDAの試験に合格してからJCDAの研修にも参加していなかったし、知り合いも少ないのよね?」「経験代謝ってなに??初めて聞いたんだけど……」なんて言いながら、「経験代謝って、勉強してみるといいものね?」といとも簡単に自分のものにしていく。今では、そんな彼女から離れなくなった私がいます。インタビューも終わらないし、脱線だらけ。そんな時間も楽しく、私たちの中で、未来へ向けての壮大な計画がスタートしたことは言うまでもありません。会員のみなさま、濱田さんとわたしたちの今後の活動を楽しみにしていてくださいませ!

聴き手:JCDA 広報ボランティア  磯貝 和子

 濱田 安岐子 プロフィール
看護専門学校卒業後、臨床経験11 年、病院看護部での教育担当と3 年間の看護専門学校専任教員経験の後、CDA資格取得。看護系大学非常勤を経て、2006 年からフリーランスで看護師のキャリアカウンセリングや病院看護部の教育プログラム企画運営などの支援を始める。
2010年にNPO法人看護職キャリアサポートを設立し、現在は、病院に所属せず利害関係のない第三者として看護職にカウンセリングを実施している。その他、地方自治体より受託して看護師確保対策事業を手掛けるとともに、個別のキャリア開発支援、定年退職後の看護職に対するセカンドキャリア支援、執筆活動や研修会の企画・運営支援、研修講師を通して看護師が元気に自分らしくキャリアを継続できるように活動している。


JCDAホームページ

関連記事

CDAの学びから広がる人・地域とのつながり

2017年05月号 vol.63

「知識提供型」から「共感・体感型」へ〜参加者が企画者へと成長する空間作り〜

2016年11月号 No.61

「CDAのこれから 〜実行し続けるための原動力  環境は変わってもあり方は変わらない〜」

2016年5月号 No.59

読者コメント

コメントはまだありません。記者に感想や質問を送ってみましょう。

バックナンバー(もっと見る)

2017年05月号 vol.63

【特別寄稿①】 いま、求められるがん患者へのキャリア支援 ~がんになっても...

2016年11月号 No.61

【CDAインタビュー】 「知識提供型」から「共感・体感型」へ ~参加者が企...

2016年8月号 No.60

【巻頭特集】 災害復興者支援コーナー   ~CDAとしてできること~ 【経...