JCDAジャーナルhttps://j-cda.publishers.fm/2017-08-16T08:20:11+00:00【特別寄稿①】いま、求められるがん患者へのキャリア支援~がんになっても人生は続く~
2017-08-07T08:11:44+00:00jcda-journalhttp://j-cda.publishers.fm/editor/594/http://j-cda.publishers.fm/article/16025/<p style="text-align: right;">CDA会員 服部 文</p>
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<td><span style="font-weight: bold; color: #0039d0;">はじめに</span></td>
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<p style="line-break: strict; word-break: normal;">いま、がん患者の就労支援が注目されていることをご存知でしょうか。新聞やテレビで盛んに取り上げられています。政府が働き方改革に力を入れるようになり、急速に動きが活発になっています。今年に入り、立野理事長から「CDA地域両立支援推進メンバー」募集のお知らせがあったことは記憶に新しいと思いますが、これもまた仕事と治療の両立支援の一環です。 <br /> 私がこの領域に関わるようになり5 年目になります。始めた頃はその必要性が一向に理解されず苦労してきましたが、いまはいろいろな動きがあり過ぎて逆に混乱するほどです。この領域にキャリアコンサルタントの関わりは不可欠だという思いは、ますます強まるばかり。でも、就労支援と言っても病気や医療に関わる領域。この文章を読んでくださっているみなさんの中にも「どうして医療分野にCDA なの?」と不思議に思われる方がいらっしゃるかもしれません。今回は、ジャーナルへの執筆というまたとない好機をいただきました。ぜひCDA のみなさんに知っていただきたいと思います。</p>
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<td> <span style="font-weight: bold; color: #0040eb;">1.あなたも無縁じゃない「働き盛りのがん」</span></td>
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<p style="line-break: strict; word-break: normal;">テレビCM で盛んに「生涯で2 人に1 人ががんになる」と言っていますが、あまりピンと来ない方もいるでしょう。もっと年を取ってからのことと先延ばしにしているかもしれません。実はそれもあながち間違いではないのです。がんは遺伝子変異によって起こります。年齢と共に細胞分裂の回数も重なり、DNA の突然変異が蓄積されたり免疫細胞の働きが衰えたりするため、「もっと年を取ってから」のほうがよりがんになりやすくなると言えます。日本が世界に冠たる長寿国であることと、がん大国であることは表裏一体でもあるのです。<br /> とはいえ、CM に出てくる人は決して年配ではありません。雨上がり決死隊の宮迫さん、ミュージシャンのつんく♂さん、女優の原千晶さん。彼らが若くしてがんになったのは、決して特異なことではありません。と言うのも、いま就労可能年齢とされている65歳までにがんになるのは「がんになる人全体の3 分の1」なのです。先ほどの「生涯で2人に1 人ががんになる」ことと合わせると、なんと「働く世代の6 人に1 人」、つまり「働く世代でがんを発症する確率は17%」となるのです。決して少なくない確率ですよね。<br /> 近年、医療技術が進み、がんになっても治ったり共存できたりすることが増えました。新薬の開発や副作用軽減のための医療が積極的に行われ、治療をしながら質のいい日常が送れるようになっています。平均入院日数も10 年前の半分程度。抗がん剤投与も毎日の服薬や数週間に一度の通院での点滴が普通です。そんな医療環境の中、仕事と治療の両立が可能になってきたのです。もう、がんになったら終わりという時代ではありません。がんになること自体は避けられなくても、なるべく早期に病変を見つけ、しっかりと治療を受け、がんになってからの人生をどう生きるかに向き合っていく時代になったのです。</p>
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<td> <span style="font-weight: bold; color: #0040eb;">2.この活動を始めたきっかけとCDA の意義</span></td>
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<p style="line-break: strict; word-break: normal;">もともと私がCDA を目指したのは、「生き方の選択」にありました。幼いころに経験した兄の死、自身の病気など、成長過程において意思とは関係なく訪れるさまざまな環境の変化の中でそんな志向性が育まれました。<br />大きな出来事が起こった時、自分のあり方や今後の可能性を十分に吟味し納得できる選択をすることが望ましいのです。でも差し迫った状況だからこそ余裕がなく、自分に向き合う時間も手間もかけられないまま、不本意なその後につながることも少なくありません。<br />そうした時にこそ共に向き合う第三者の存在が重要であり、そんな支援をしたい。その思いの先にあったのがCDA でした。「人の持つ役割」「生き方」という広い意味でのキャリアの考え方に大きく共鳴しました。<br /> 2012 年、国の第2 次がん対策推進基本計画で、がん患者の就労支援が柱の一つに据えられました。それを新聞報道で知った時、これをやりたいという気持ちが自分の中にすとんと落ちてきました。よく耕された土壌に種が一つ落ちてきたような感覚です。みるみるうちに発芽し、成長していきました。<img style="border: 7px solid #ffffff; box-shadow: 0px 1px 4px rgba(0, 0, 0, 0.3); margin: 10px 5px; float: right; width: 250px; height: 353px;" title="講座" src="https://publishers-static.s3.amazonaws.com/magazine_image/343/09b73b53028743df97b294af9b28ce1e.jpg" /><br />がんをはじめとする大きな病気になったということは、自分自身が揺るぎない生き方だと捉えていた人生が根底から覆るかのような転機です。大きく揺らいだ人生観の中で変化が起こった自分を捉え直し、その後の人生において納得のいく選択をするためにも、私たちキャリアコンサルタントの支援が必要です。単に仕事があればいいのではなく、どのように自分を機能させながら今後の職業人生と向き合っていくか、職場と折り合っていくかということも含めて人生を再構築する必要があるのです。 <br /> 当時はまだこんな説明ができるまでに考えを深化させられてはいませんでしたが、膨らむ気持ちに押されるように動き始めました。まずは正しいがん情報を発信する団体、NPO キャンサーネットジャパンで、がん情報ナビゲーターの資格を取得しました。そしてこの分野の研究や活動をしている機関や団体に積極的に関わり、また行政へのアプローチを始めました。国の「がん患者の就労に関する総合支援事業」の役割にキャリコンを加えてほしいと厚生労働省に提言をしたのもこの頃です。この時に立野理事長にご同行をお願いしたことから、東京のPF 砂川未夏さんとのご縁をいただきJCDA 研究会N1「がん等の有病者へのキャリア支援~仕事と治療の両立~」の発足につながりました。<br /> この頃はとにかく支援を始める手がかりを得たいと思っていました。「就労問題を抱えるがん患者」という、確かにいるはずでありながらどこに紛れているかわからない存在を見つけ出さなくては、支援そのものが始まらないのです。それには患者が集まる医療機関での相談窓口だと、前述した国の事業の実施主体となる自治体に働きかけました。ところが結果は散々です。キャリアの概念も現状の問題もまったく伝わりません。担当部署、医療機関と四苦八苦するうちに年度が変わり、担当者の異動でふりだしに戻るといった具合。遅々として進まない徒労感の中、ようやく気づきました。キャリコンならではの就労支援を理解してもらうのは相当に難しい。必要性を認めてもらうためには、実績を積み上げて効果を実証するしかないのではないか。世間の中でキャリコンとはそれほどにまで理解されづらい存在なのだと痛感しました。<br /> 自力で実績づくりをするために、団体を立ち上げて助成金を申請することにしました。任意団体「仕事と治療の両立支援ネット~ブリッジ~」の発足です。<img style="border: 7px solid #ffffff; box-shadow: 0px 1px 4px rgba(0, 0, 0, 0.3); float: none; margin: 10px 0px;" src="https://publishers-static.s3.amazonaws.com/magazine_image/343/afb6d0cf25e143758e6902325519dd1d.jpg" />最初は参加者集めにも苦労する低調発進でしたが、もう後には引けません。支援の傍らイベント出演や原稿執筆はすべて受け、慣れないプレスリリースや学会発表にもチャレンジ。今後の糧となりそうな催しには自腹で出かけ、HP もイベントチラシも支援ツールもすべて手づくり。おかげでこの数年でずいぶんできることが増えました。独立して何かをするということは、自分のキャリア発達をも促すようです。</p>
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<td><span style="font-weight: bold;"> <span style="color: #0040eb;">3.現在の活動状況</span></span></td>
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<p style="line-break: strict; word-break: normal;">こうして名古屋では、徐々に取り組みが浸透してきました。現在この領域において私の立場は4 つあります。1 つめはブリッジ。行政と連携する機会が増えてきたことから昨年法人化して「一般社団法人 仕事と治療の両立支援ネットーブリッジ」にしました。ここを基盤として患者さん向けのワークショップや就活セミナー、支援者向けの勉強会の開催、また講演依頼を受けたり支援ツールの開発などを行ったりしています。後述する他の立場では制限があって実現できないことをブリッジの活動でフォローし、一連の支援を最後まで全うする役割を担っています。<br /> 2 つめには名古屋市のがん対策専門部会の委員。ここで実施したアンケートでも仕事と治療の両立について市民の関心は高いことがわかりました。昨年より名古屋市事業としてがん情報サロンで月1 回の個人面談を実施していますが、現在は一人につき2 回までという制限があるため、拡充に向かうことを期待しています。<img style="border: 7px solid #ffffff; box-shadow: 0px 1px 4px rgba(0, 0, 0, 0.3); float: none; margin: 10px 0px;" title="がん就労を考える会" src="https://publishers-static.s3.amazonaws.com/magazine_image/343/41d4594b13994eea84417080c1a4060d.jpg" /><br /> 3 つめに多職種連携の「がん就労を考える会」の世話人。がん専門医や専属産業医など医療従事者を中心とした連携が目的です。直接的な支援団体ではありませんが、著名な医療者からの発信にメディアの注目度も高いため、さまざまなステークホルダーを巻き込むきっかけとして期待しています。次回6/18(日)からは参加対象に企業が加えられました。現実に即した社会システムのためには就労の現場である企業の意見が必須だとずっと求めてきたことです。ぜひ企業で人事労務を担当されるCDA もご参加ください。<br /> 最後に4 つめ、愛知産業保健総合支援センターの両立支援促進員としての活動。ここは厚生労働省の管轄の独立行政法人労働者健康安全機構の一組織で、国の方針としての「両立支援(ここでは復職を意味し離職者は支援対象外です。がん以外の疾患も可)」を推進する役割を担っています。働く場である企業の関心を得ることに長らく苦慮していましたが、これでかなり活動範囲が広がりました。セミナーを県下4 ヵ所で実施したのを皮切りに、企業内教育、啓発や個別調整支援などにつなげる個別訪問を展開しています。</p>
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<td><span style="font-weight: bold;"> <span style="color: #0039d0;">4.CDAに期待したいこと</span></span></td>
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<p style="line-break: strict; word-break: normal;">こうして、少しずつですが着実に成果を積み重ねてきました。今後の揺るぎないビジョンも持っていますが、そこで圧倒的に足りていないのが、支援者であるキャリアコンサルタントの存在です。がんに対する正しい知識を持ち相談支援を担えるキャリコンを、いまとても必要としています。がんはその個別性が高く、がん種、治療方針、副作用や後遺症が多岐に渡ります。治療に伴う揺らぎやすい状況や気持ちは、患者さんの悩みと直結しています。がんに対する正しい知識を持たずして、目の前の相談者が語ることを理解できません。私自身はもともと医療分野に興味があり骨髄バンクの移植コーディネーター(血液のがんと密接な関係があります)の仕事をしていたことに加え、前述のがん情報ナビゲーターを取得することで基本的ながんの知識を身に着けました。また、がんにまつわる医療技術は日進月歩のため、がん種を横断する学会や医療者向け勉強会にも積極的に参加して最新の知識を得るようにしています。こうした分野に興味や親和性がある方に、ぜひ積極的に関わっていただきたいと考えています。<br /> 実は私自身もいくつかの病気や後遺症を抱え、体が強いほうではありません。両立支援を訴えながら、いざ自分が病気になったら活動停止などと洒落にならない状況を防ぐためにも、安心して業務を続けられる体制をつくることが喫緊の課題です。共に団体を運営し業務を分担してくれるパートナーやメンバーを切望しています。意欲のある方はブリッジのHP からぜひご連絡ください。 <img style="border: 7px solid #ffffff; box-shadow: 0px 1px 4px rgba(0, 0, 0, 0.3); float: none; margin: 10px 0px;" title="ワークブック" src="https://publishers-static.s3.amazonaws.com/magazine_image/343/9f9ecbc5f2254cdbb97dbd77131865a4.jpg" /><br /> このがん患者の就労支援、実は広くダイバーシティの問題でもあります。がん以外の病気だってそうですし、自分でなく家族の病気だってそう。親の介護が心配でない現役世代なんてほとんどいないでしょう。つまり、自分のことであってもなくても、どんな理由であれ、日常生活をしていく上で画一的な働き方ができなくなる局面は非常に多く存在するわけで、高齢化と医療技術の進んだ現代においてまったくその心配がない労働者のほうが、実は少数派ではないでしょうか。この先日本の労働者は減少の一途をたどるのに、個々の働き方に制限が及ぶたびに労働市場からの退場を迫られていては経済全体が揺らぎ、一寸先は闇のような不安に満ちた社会になってしまいます。せっかく医療技術が進歩して病気の先にある日常生活が望めるようになったのに、その生活自体が破壊されていたら何のための治療なのかわかりません。この就労支援によって働く意欲も能力もある人が個々の状況に応じた働き方ができることになれば、健全に労働力や経済が循環する社会をつくり出すことにつながるのです。<br /> 働き方改革は過渡期です。急激に変化する現状に賢く対応するための知恵を出し合い、よりよい社会システムの実現に関わることは非常に意義があり、ワクワクするようなやりがいがあります。そんな社会構築の一翼をCDA が担うことができたら実に素晴らしいことではないでしょうか。そのはじめの一歩として、この文章がみなさんにご理解いただくきっかけとなりましたら幸いです。</p>
<table style="width: 100%; border-collapse: collapse;">
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<td> 服部 文プロフィール</td>
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<td>名古屋市在住。1993 年立命館大学卒業後、メーカー系システムエンジニアとして仕事に没頭する20 代を過ごす。30 代で病気や転職などを経験する中で「人が自分らしい人生を選び取るための支援」としてキャリアカウンセリングにたどり着く。現在、がん患者支援の他に(公財)日本骨髄バンク認定移植コーディネーター、夫の経営するクリニックの事務長と3 足のわらじで仕事をする。ここ数年忙しく趣味の八重山諸島一人旅に行けないのが悩み。</td>
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<p><br /> <a style="margin: 0px;" title="JCDAホームページ" href="https://www.j-cda.jp/" rel="nofollow"><img src="https://publishers-static.s3.amazonaws.com/magazine_image/343/72dfb1db84d74987bcfe6174d6719b80.jpg" alt="JCDAホームページ" /></a></p>2017-08-07T08:11:44+00:00【特別寄稿②】個人を取り巻く環境への働きかけの実践事例紹介~PTAを活用したママ達のキャリア形成支援~
2017-08-10T03:10:10+00:00jcda-journalhttp://j-cda.publishers.fm/editor/594/http://j-cda.publishers.fm/article/16026/<p style="line-break: strict; word-break: normal;"><img style="margin: 0px 5px 10px; float: right;" title="nonogaki midori" src="https://publishers-static.s3.amazonaws.com/magazine_image/343/62828178bae84acfb262ae8fe14910a9.jpg" />「私、何も社会の役に立っていない…。仕事をしたり、お金を稼いだりしない…。ただ子どもを育てるだけの専業主婦になっちゃったの…」<br /> <br /> この言葉を初めて耳にして衝撃を受けたのは、私が20 代後半の時でした。「子どもを授かったからには、一緒にいる時間をたくさんつくって、自分ができる限りの手間暇をかけて子どもの成長を見守りたいのよね」と仕事を辞めた友人が、数年経たずして言った言葉です。その後、私も二人の子どもを授かり、長男が小学校に入学して親としてPTA 活動に関わるようになると、いわゆる専業主婦のママ達からも全く同じ言葉を何度も耳にすることになりました。</p>
<p style="line-break: strict; word-break: normal;">当時のPTA 活動は、平日の昼間に相当な時間を費やさないと活動ができないような体制で、運用のしかたも硬直的であったために「働いているママvs. 専業主婦のママ」(※本来は父母ともにPTA の主体)という対立構造が顕在化する状況になっていました。<br /> <br /> そこで、それぞれが抱える想いや背景を知りたいと思い、長男が小学校に入学して以来9 年間近く、費用はいただかないものの、面談構造を設定したうえで、ママ達にキャリアカウンセリングを実施してきました。<br />個人情報の保護と誌面スペースの都合で、だいぶ雑駁とした描写になることをお許しいただきたいのですが、以下は、その事例の一部です。<br /> <br /> <span style="font-weight: bold; color: #0039d0;">◆「専業主婦のママ」</span><br /> 昼間、地域内にいることが多いので、学校への連絡(直接、言いに行かなくてはならなかった)や調整、交通パトロールや資源回収などPTA 活動の"雑用”を全部押し付けられていると感じている。また家庭内においても、「働いていないのだから…」ということで、子どもの世話や教育、子どもの友人関係の調整などだけでなく、家事や老親の介護などを、夫婦で気持ちよく分かち合い、協力関係を築きたいと思っていることを夫に伝えられずに思い悩む。他の誰に頼めるわけでもなく、ましてやアウトソースすることもできず「最終的にやらなくてはならない人」と自らを位置づけ、体力的にも精神的にも追い詰められていっぱいいっぱいになって過ごしている。このまま、ずっとこのような毎日を過ごすのだろうか?と見通しがつかない不安を抱えている…etc.<br /><br /> <span style="font-weight: bold; color: #0030b1;">◆「働いているママ」</span><br /> 就業先の業務を疎かにすることはできず、職責を全うしながら、1 日24 時間の限られた時間のやりくりにはとても苦労している。「働いているんだから、学校や地域のことなんてできないわよ」と言うママもいる一方で、親としての役割を学校や地域で担いたくても担いようがないことに悩んだり、ママ友との情報交換やネットワークを築けないために、「孤育て」になってしまって不安感を抱えていたりする。あるいは、働く時間を確保するために、稼いだお金で子どもの放課後や休日を塾や習い事で埋め尽くすことに、矛盾と疑問を感じながら過ごしていて、このままでいいのだろうかと思っている…etc.<br /><br />いかがでしょうか? PTA という環境においては二極対立のように見える「専業主婦のママ」も「働いているママ」も、置かれた環境の中で、それぞれに、よりよく生きたいと思っている人達であることがわかります。<br /><br /> スーパー(Super,D.E)のキャリア定義(<a href="#super" rel="nofollow">※ 1</a>)によれば、PTA 活動は、間違いなくキャリアの一部で、ママ達のライフキャリアを構成するものです。また、「キャリア・コンサルティング実施のために必要な能力体系(<a href="#career" rel="nofollow">※ 2</a>)」によると、キャリアカウンセラーは、個別相談を中心とした個人への援助活動だけでなく、「環境への働きかけの認識と実践」をしていくことも求められています。<br /><br /> すなわち、ママ達の個別相談だけでは解決できないPTAとそれに付随する環境の問題点の発見や指摘、改善提案などの環境への介入、環境への働きかけを関係者と協力して行うことなど、企業でいうところの「職場環境改善」に準じた働き掛けを行うことが、PTA に関わるママ達をはじめとする関係者のキャリア形成支援に役立つ、ということが言えるのではないかと思い、PTA 副会長1年プラスPTA会長2 年を務めました。<br /><br /> キャリアカウンセラーがPTA会長をする意義は2 つ挙げられるかと思います。<br /> ①組織の中で個人の成長を支援する役割を担うカウンセラー」的能力や視点を持って関わることで、個人はみな違うという前提に立ち、日常の活動の中で、そこに集う人々それぞれの持ち味を発揮できるような環境づくりや各自への働きかけができる可能性がある。<br /> ②日頃からの地道なキャリアカウンセリング的関わりの積み重ねが、個人の成長を促し、組織全体の活性化につながっていく可能性がある。 <br /> それでは、ここにPTA会長就任中に実施した具体的な環境改善活動の一部を紹介します。<br /><br /> <span style="text-decoration: underline;"><span style="font-weight: bold; color: #0039d0; text-decoration: underline;">◆クラスや役員での自己紹介に一工夫</span></span><br /> 変える前は、ママ達の自己紹介といえば「3年2 組の〇〇の母です。6 年生にお兄ちゃんがいます。そのせいか、うちの子、少し乱暴で、クラスのお友達にご迷惑をおかけてしているのではないかと思っています。それで結構悩んでいます…何もわかりませんが、迷惑をかけないようにやっていきたいと思います。がんばります。どうぞよろしくお願いいたします」といったもので、ママ自身がどのような人なのかわからないものが多かったのですが、ママ自身のことを知ってもらえるような自己紹介の仕方を提案・導入した結果、写真のような個性豊かなママが見えてきました。<img style="border: 7px solid #ffffff; box-shadow: 0px 1px 4px rgba(0, 0, 0, 0.3); float: none; margin: 15px 0px;" title="Device" src="https://publishers-static.s3.amazonaws.com/magazine_image/343/c34d2f27237848cfb29c48c7b4f58786.jpg" /><br /> <span style="text-decoration: underline;"><span style="font-weight: bold; color: #0039d0; text-decoration: underline;">◆ママ達が持っている個性や能力が活かせる場を用意</span></span><br /> 新しい自己紹介の中から、ママが持つ個性や能力が見つけやすくなりました。<br /> 以前は、字だけで堅苦しかったPTA からのお知らせを刷新。視覚的にも目をひき、かつわかりやすいマンガを即導入。<img style="border: 7px solid #ffffff; box-shadow: 0px 1px 4px rgba(0, 0, 0, 0.3); float: none; margin: 10px 0px 15px;" title="Device02" src="https://publishers-static.s3.amazonaws.com/magazine_image/343/1601d13d82f24ba8b1adde313c7478a5.jpg" /><br /><br /> <span style="text-decoration: underline;"><span style="font-weight: bold; color: #0039d0; text-decoration: underline;">◆対話を通じての想いの共有、方向性の確認</span></span><br /> 従来のPTA は引き継ぎ時にマニュアルだけ渡されて、それをその通りにやるだけ。創意工夫などの余地はなく、毎年毎年、淡々とマニュアルにある手順通り、決められたものをやって任期をしのぐということが常態化。<br />助け合う関係ができていないので、役員や委員になったら最後、いろいろな事情を抱えながらも一人でやらなくてはならなかったりして、精神的に追い詰められる人も…。<br />↓<br /> 「どうありたいのか?どんな活動にしていきたいのか?」 を語り合うワークショップを開催することによって想いを共有して、お互いをサポートできるような関係性を構築。<br /><br /> <span style="text-decoration: underline;"><span style="font-weight: bold; color: #0039d0; text-decoration: underline;">◆語りを通して、自分語りを変えていく〜各委員との面接</span></span><br /> 役員・委員の1 年間の任期終了前に「1 年間の活動の振り返り」をグループカウンセリング<br />「1 年間の活動で一番大変だったのは、どんなことだったの?」<br />「それをどうやって、みんなで乗り越えたの?」<br />「次にもう1 回、似たようなことがあったら、どうしたい?」<br />「誰が助けてくれたの?」<br />「どうやってそれができたの?」<br />最後に互いのgood point や感謝の気持ちをプレゼントしあう。<br /><br /> このような、さまざまな「環境への働きかけ」により、少しずつPTA 活動に関わるママ達やPTA という組織が活性化してきました。<br /> ・PTA 役員や委員をやってもいい、という人が増えた(会長2 期目の時には、新役員全員が立候補)<br /> ・PTA 役員を続投してくれる人が出てきた<br /> ・一般のPTA 会員が、新たな課題を見つけ、会員主導で新しいプロジェクトが誕生<br /> ・ママ友と子育てサークルの活動を本格的に始めた<br /> ・ハローワークで職業訓練を探し、就職に向けて学び直しを始めた<br /> ・保育士さんになりたかったことを思い出し、委員の任期終了後に、保育士養成学校に通い保育士さんとして勤務開始 …etc.<br /><br /> 「私、なにも社会の役に立っていない…。仕事をしたり、お金を稼いだりしない…。ただ子どもを育てるだけの専業主婦になっちゃったの…」<br />こう思っていた専業主婦のママ達も、個人だけでなく、環境への働きかけを通して、より良く生きる道を模索し一歩、あるいは半歩踏み出せていたらいいな、と思っています。<br /><br />みなさんご存知の通り、昨春、国家資格キャリアコンサルタントが誕生しました。キャリアコンサルタントが次々に誕生する一方で、キャリアコンサルタントがお金を得て働く"マーケット”はまだまだこれから…といったところです。すでにでき上がっている"マーケット”を取り合うだけでなく、私たち一人ひとりがキャリアカウンセリングの有用性を体感してもらえるような活動を、地道にやっていくことも必要なことかと思っています。<br /><br />私個人としては、キャリアカウンセリングを生業とする一方で、心のどこかで「キャリアカウンセラーが大活躍する世の中にはならないほうがいいのではないか?」と思っています。誤解をされそうな言い方ですが、キャリアカウンセラーという"専門家”がいないと自分自身のことがわからないよりは、キャリアカウンセリングのマインドや技法が一人ひとりに内在化され、"専門家”に頼るのではなく、一人ひとりが持つライフスキルとして互いに関わりあえるような世の中のほうが、きっと良い世の中のように感じるからです。<br />そのような世の中になることを、まだまだずっと先の話だと思いますが、あたかも北極星を目指しながら進むようにして、私たちそれぞれが置かれた環境の中で活動をし、そのための学びや研鑽を続けることが大切だと思います。<br /><br />スーパーのライフキャリアレインボーを持ち出すまでもなく、私たちは生まれてから死ぬまで、いろいろなロールを一つ、あるいは同時に複数を組み合わせて持ちながらライフキャリアを歩んでいます。私たちCDA が、キャリアカウンセリングのマインドや技法を持って関わることができるところは、その全ての部分においてであり、CDA である私たち自身が今まさにいる環境で、働きかけていくことができるのではないでしょうか?<br />拙い文とだいぶ簡略化した事例紹介となりましたが、CDA の仲間の今後の活動のちょっとした参考になれば幸いです。<br /><br />※ 1 スーパー(Super,D.E )のキャリア定義①人生を構成する一連の出来事。<br />②自己発達の全体の中で、労働への個人の関与として表現される職業と、人生の他の役割の連鎖。<br />③青年期から引退期にいたる報酬、無報酬の一連の地位。<br />④それには学生、雇用者、年金生活者などの役割や、副業、家族、市民の役割も含まれる。<br /><br />※ 2 「キャリア・コンサルティング実施のために必要な能力体系」<a title="キャリア・コンサルティング実施のために必要な能力体系" href="http://www.mhlw.go.jp/bunya/nouryoku/kyarikon/dl/04_youken.pdf" target="_blank" rel="noopener nofollow">http://www.mhlw.go.jp/bunya/nouryoku/kyarikon/dl/04_youken.pdf</a><br />「環境への働きかけの認識と実践 : 個人の主体的なキャリア形成は、個人と環境(地域、学校・職場等の組織、家族等、個人を取り巻く環境との相互作用によって培われるものであることを認識し、相談者個人に対する支援だけでは解決できない環境(例えば学校や職場の環境)の問題点の発見や指摘、改善提案等の環境への介入、環境への働きかけを関係者と協力して行うことができること。」</p>
<table style="width: 100%; border-collapse: collapse;">
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<td>野々垣みどりプロフィール</td>
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<td>株式会社エマージェンス 代表取締役<br /> 亜細亜大学国際関係学部 特任准教授<br /> 駒沢女子大学人文学部 非常勤講師<br /> 2007 年にCDA 資格取得。行政、企業、大学等の教育機関においてキャリアカウンセラーとしての経験を積んだ後、2014 年3 月に(株)エマージェンスを設立。主に中小規模の顧問先企業でキャリアカウンセリング、キャリア形成支援のための研修ワークショップなどの企画・実施を手掛けるほか、2 つの大学にてキャリア関連科目を担当。2 人の男の子の母で、次男が小学校在学中にPTA 副会長1 年プラスPTA 会長2年を務めた。</td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p><br /> <a style="margin: 0px;" title="JCDAホームページ" href="https://www.j-cda.jp/" rel="nofollow"><img src="https://publishers-static.s3.amazonaws.com/magazine_image/343/72dfb1db84d74987bcfe6174d6719b80.jpg" alt="JCDAホームページ" /></a></p>2017-08-10T03:10:10+00:00CDAの学びから広がる人・地域とのつながり
2017-08-16T08:20:11+00:00jcda-journalhttp://j-cda.publishers.fm/editor/594/http://j-cda.publishers.fm/article/16027/<p style="word-break: normal;"><span style="font-weight: bold;"><img style="margin: 0px; float: right;" src="https://publishers-static.s3.amazonaws.com/magazine_image/343/a74c16546fb44e3c9766b8e71b7f6d7b.jpg" />多くの人の価値観を変えた東日本大震災から6 年。被災者の方からの1 通の手紙をきっかけに被災地への赴任を決心。そこから広がる人のつながり。<br />企業人として、そして個人としての思いに葛藤した日々、被災地で過ごした3 年間、そしてこれからを語っていただきました。<br /> <span style="color: #0039d0;"><br /> <br /><br />― キャリアカウンセリング(CDA)にご興味をお持ちになったきっかけについて教えてください。</span><br /><br /> </span>2005 年春に、その前年、会社が導入した「キャリア開発」の研修を、45 歳という節目の年齢であったことから受講しました。自分の将来のビジョンに時間をかけて考えたのは初めてかと思います。研修では希望者に対するキャリアカウンセリングの場がありましたが、おぼろげながらもキャリア関係の仕事に興味を示した私に「キャリアカウンセラー」の資格があることをカウンセラーの方から教えていただいたのが、キャリアカウンセリングに興味を持ったきっかけです。<br />しばらくして、その「キャリア開発」の研修を担当するグループに異動となり、自分でもキャリアカウンセリングをする必要性を感じたり、CDA の資格を持っている人が同じ職場に転勤してきたり、さらにはキャリア開発の先駆け的な企業の方から、CDA の取得を勧められたりと、CDA を意識するようになったことから、養成講座の通学に通い始めました。<br /><br /> <span style="font-weight: bold;"><span style="color: #0039d0;">―CDA を取得してみていかがでしたか?また取得後はどの活動をされていましたか?</span><br /><br /> </span>CDA を取得したのは2006 年です。取得後はさっそく、かつて自分が受けたキャリアカウンセリングを担当するようになりました。1 回だけ30 分の短い時間でしたが、相談に来てくれた人からは、今後会社でやりたいこと、定年後のライフプランなど、いろいろな話しを聞きました。すっきりした顔で部屋を出ていく人の顔を見ると、傾聴や共感などのスキルを使って、ご自身の中にある答えを導き出すプロセスを体感することができましたし、自分でも会社にどんな仕事があるのか、セカンドキャリアではどのようなことができるのかをいろいろと調べ、話しの引き出しを増やすよう努めました。<br /><br /> <span style="font-weight: bold;"><span style="color: #0039d0;">― その後、震災をきっかけに福島県に赴任されることになりますが、そこまでの経緯についてお聞かせください。</span><br /><br /> </span>はじめに、当社の原子力発電所の事故から6 年が経った今も、多くの方が避難生活を続けられているなど、福島県のみなさまには大変なご迷惑とご心配をおかけしていることをお詫びいたします。<br />2011 年の震災時は、東京で内部監査の仕事をしていました。それまで福島県での勤務経験はありませんでしたが出張で出かけたり、家族と旅行に出かけるなどなじみがありました。特にサッカーのナショナルトレーニングセンター「J ヴィレッジ」には、一時期、初日の出を見るために毎年宿泊していました。<br />しかし震災後、テレビを通して伝わってくる現地からの映像(発電所の様子、避難されている方のお顔、無人と化した街の様子)には気持ちが大きく揺さぶられました。<br />初めて被災された方の声に接したのは、5月の連休前後に始まった避難された方へ賠償の仕事に関わった時のことです。<br />ある日、私の手元にまわってきた書類に一枚のメモが挟まれていました。読むと震災直前にマイホームを手にされた方で、中には「早く家に帰らせてください」との言葉が書かれていました。その一言にあらためて事故の重さ、被災された方の気持ちを感じるとともに、事故後の現地の様子をより身近に感じるようになった瞬間でもありました。<br />その後2 年間は、東京勤務ながら、現地における復興関係の業務にも参加しました。<br />避難されている方がいらっしゃる避難所のお手伝いにいった時は、当たり前の生活ができない避難生活のご不便さを肌で感じました。また、避難指示が出されている地での放射線の測定では、誰もいない街並みや、震災で傷んだ箇所を修理する時間もなくそのままになっている家々、津波により基礎しか残っていない建物などを目の当たりにしました。途中立ち寄ったJ ヴィレッジ(いわきから約30km、福島第一原子力発電所からはちょうど20km)は、事故を収束させるための拠点となったことで、青々と茂っていた天然芝のグランドはアスファルトと砂利が敷き詰められた駐車場に姿を変えていました。映像や話しで聞いていたものの、現実にその光景を前に声も出ず、自分にできることはとにかくやってみようと考えるしかありませんでした。<br />そして震災から2 年半経った2013 年10 月、正式に福島県に転勤することになったのです。<img style="border: 7px solid #ffffff; box-shadow: 0px 1px 4px rgba(0, 0, 0, 0.3); margin: 0px 10px; float: right;" src="https://publishers-static.s3.amazonaws.com/magazine_image/343/fa8a46c328f54cf18e33b2e593cc35ee.jpg" /><br /><br /> <span style="color: #808080; font-size: 12px;"><strong>「初日の出」<br />今年の初日の出の写真です。場所は福島県楢葉町、赴任中はずっと現地で初日の出を見て、気持ちを新たにしていました。</strong></span><br /><span style="font-weight: bold;"><span style="color: #0039d0;"><br />― 福島県に転勤して担当された仕事の内容について教えてください。</span><br /><br /> </span>福島県ではいわき市に赴任しました。「浜通り」と呼ばれる太平洋沿いの地域の南にあり、古くは石炭の街として栄えました。今もこの地域では最大の面積と人口を誇り、スパリゾートハワイアンズという観光の名所があるといえば、おわかりになる方もおられると思います。事故により避難指示が出された地域に近いことから、被災された方も多くおられます。<br />福島県は明治の頃から、水力、火力そして原子力、と首都圏の電気を支えてくれていました。事故後は、原子力発電所の廃炉、被災された方への賠償、除染、住民の方のご帰還や街づくりのための復興推進の仕事が加わり、私が配属されたのは復興推進の仕事に携わる部署でした。<br />復興推進の仕事の一部をご紹介すると、避難されている方々が将来お帰りになられたり、避難先から一時帰宅される際にご不便のないよう、自治体や住民のみなさまのご要望に応じて、住宅や公共施設の清掃や片づけ、道路や家周りの除草、農業の再開に向けた田畑がれきの撤去や動物よけの電気柵の設置、仮設住宅の除雪など多岐にわたります。<br />多くのご要望にお応えするために、私のように福島県に転勤してその仕事に携わる社員もいますが、それに加えて、首都圏をはじめとする各事業所の社員は、かわるがわる交替で被災地に伺い、現在も復興のお手伝いをさせていただいています。<br />私の仕事は、復興推進の拠点であるJ ヴィレッジで福島県に来る社員を受け入れて、実際に行う仕事の説明をし、そして現地に送り出すとことでした。<span style="font-weight: bold;"><span style="color: #000000;"><br /><br /></span><span style="color: #0039d0;">― 福島に来る社員の方への対応をされていたとのことですが、社員の方々はさまざまな思いをお持ちだったのはないでしょうか。</span><br /><br /> </span>ベテラン社員から震災後に入社した若手社員まで、あらゆる部門の社員が福島県にやってきます。私が担当していた当時は、福島県に来ること、家屋の清掃や片づけ、除草に使う草刈機を使うのは初めてで、どのようにすればよいのかと不安に思う社員がまだ多くいました。<br />そのため、仕事の内容を説明するガイダンスの場では、そのような人たちの気持ちを受け止めつつ、実際に行う仕事の説明以外にも、これから行く市町村の震災前の様子から今の様子、その仕事を要請された背景などを説明することで、仕事のイメージを少しでも持ってもらうよう、心がけました。<br />実際に現地で活動することで、復興推進の仕事が持つ意味を感じて、職場に戻ってから周りの人に、今の福島県の様子や仕事の様子を伝えてくれることで、福島県への思いを共有してもらえるようになったと聞いています。2013 年に福島復興本社が組織化されてから今までに、のべ30 数万人の社員が復興推進の活動に参加しています。<br /><br /> <span style="font-weight: bold;"><span style="color: #0039d0;">― 実際に被災された方とお会いしての仕事が多いようですが、地域の方にはいろいろな見方があったのではないでしょうか。</span><br /><br /> </span>事故により、突然住み慣れた家から避難をせざるを得なかった方々がどのような思いを持たれているか、一言では語れないです。私も厳しいご意見をいただきましたが、とにかく申し訳ない気持ちだけでした。地域の方にお会いする時はお詫びの気持ちを忘れずに、お話しは誠意をもってお聞きするよう、心がけていました。<br />私が特に忘れられないのは、避難された方のお宅の清掃・片づけにうかがった時の出来事です。避難されてから3 年の月日が流れていました。お家の中の清掃、片づけにはお家の方の立ち会いのもと、残すもの、片づけるものについて指示をいただくのですが、震災まで同居されていたお孫さんのぬいぐるみを指さされ、「孫は帰ってこないから片付けて」と言われたのです。その方のさびしそうな何とも言えない表情に、あらためて事故によってかけがえのないものを手放さざるを得ない現実に向き合うしかなく、心の中でぬいぐるみに「ごめんね」ということしかできませんでした。<br />実際に現地に赴任しての出来事でしたので、住民の方のご心情をより身近に感じながら、復興のお手伝いをしたいと、あらためて決意したことを覚えています。<br />2015 年秋からは、福島県内の復興を担当する外部機関に出向し、被災された事業者の方の事業再建に向けてのお話しを伺い、補助金などどんなお手伝いができるかという仕事に携わりましたが、震災後から今日までの気持ちを忘れないよう、取り組みました。<br /><br /> <span style="font-weight: bold;"><span style="color: #0039d0;">― お仕事やプライベートを通じて、福島県の方々とのつながりはどのように広がっていったのでしょうか。</span><br /><br /> </span>3年4ヵ月の間、多くの方とお会いしました。仕事の上ではもちろん、J ヴィレッジなどで私たちのために、食事や清掃でお世話してくださった方がおられたから、自分たちが仕事をできたと思います。<br />また、地域のお祭りなどの行事に出かけたり、知り合いの方のお店のイベントをお手伝いしたり、食事や福島県産品の購入を通してお会いした方もおられました。<br />東京に戻った2 週間後に、いわき市で行われた「いわきサンシャインマラソン」のボランティアに参加しましたが、これも地元の方とお話ししたのがきっかけでした。<br />CDA の活動では昨年、東北支部に福島地区会が発足したことが前号のJCDA ジャーナルに掲載されましたが、私も福島のCDA の方から誘われ、参加させていただきました。<br />他の支部の行事に参加することはあまりありませんが、みなさまあたたかく迎えてくださり、新たな「つながり」の場をいただきました。<img style="border: 7px solid #ffffff; box-shadow: 0px 1px 4px rgba(0, 0, 0, 0.3); margin: 0px 10px; float: right;" src="https://publishers-static.s3.amazonaws.com/magazine_image/343/5f3d664a592f47f9a109abf44f4e1ef9.jpg" /><br /> <span style="color: #808080; font-size: 12px;"><strong>「夏の花火大会」</strong></span><br /><span style="color: #808080; font-size: 12px;"><strong>広野町で毎年夏に行われているサマーフェスティバルでの花火です。4000 発もの花火に地域の方の思いが込められています。</strong></span><br /><span style="font-weight: bold;"><span style="color: #0039d0;"><br />― 東京に戻られて、今後はどのように活動をされていかれたいですか?抱負ややってみたい事、展望をお聞かせください。</span><br /><br /> </span>避難を続けられている方がまだ多くおられ、原子力発電所の廃炉にも長い時間がかかります。<br />この春、現地では放射線量の比較的高い帰還困難区域を除き、出されていた避難指示がほぼ解除されましたが、住民の方が早くお戻りになれるために、商店や病院などインフラの整備による新しい街づくり、住民の方が安心してお戻りできる環境づくりも必要と聞いています。<br />一方で、かつて勤務したJ ヴィレッジは、事故直後からの役割を終え『復興のシンボル』として再生されると聞いており、県が募る寄付金にわずかながらご協力しました。<br />これからも社員としてだけでなく、個人でも福島県を訪ね、赴任中のつながりを大切にしながら、復興のお手伝いをしたり、福島県の様子を友人や家族に話し続けます。もちろん福島県産品も購入し、現地の味覚を味わいます。<br />一方、CDA の活動ですが、キャリアカウンセリングの現場からはかなり遠ざかってしまいましたが、東京に戻ったこと、国家資格となったことから、この機会に少し計画的に勉強していきたいと思います。<br />福島での仕事は、まず相手の方のお話しをお聴きすることから始まりましたので、CDA 取得時に学んだスキルは役に経ったと思いますが、その経験をもとに、いつの日か実践を積みたいと思っています。 <img style="border: 7px solid #ffffff; box-shadow: 0px 1px 4px rgba(0, 0, 0, 0.3); margin: 0px 10px; float: right;" src="https://publishers-static.s3.amazonaws.com/magazine_image/343/e25599063a2841c69f40ecf8b1738035.jpg" /><br /> <span style="font-size: 12px; color: #808080;"><strong>「富岡町 夜の森の桜」</strong></span><br /><span style="font-size: 12px; color: #808080;"><strong>桜の名所である富岡町夜の森の桜。この春、7 年ぶりにここでイベントが行われ、多くの方が集まりました。</strong></span><br /><span style="font-weight: bold;"><br /><取材を終えて> <br /> </span>福島から東京へ着任してすぐのインタビュー。CDA の仕事はしていないんだけどね…と言いながら、他のメンバーから「兼子さんの報告メールは長い」と言われてたんだよね~。だって、いろいろ思いがこもってるから…と常にCDA マインドをフルに発揮していることが伝わってきました。<br />インタビュー後も何度も福島へ通う兼子さん。今度はどんなお話をしてくださるのか? 兼子さんの今後に期待です!<br /><br /> 聴き手: JCDA 広報ボランティア 磯貝 和子</p>
<table style="width: 100%; border-collapse: collapse;">
<tbody>
<tr>
<td> 兼子 伸彦プロフィール</td>
</tr>
<tr>
<td>1982年、東京電力株式会社に入社。支社で地域のお客さまからの電話を受けたり、料金計算の仕事を経て労務部門に。人事や研修の仕事も担当し、2006 年にCDA を取得。キャリア開発の研修の運営を担当。その後、内部監査の仕事を経て、2013 年10 月に福島県に赴任。福島県の復興に関わる仕事に携わる。2017 年2 月、東京に戻り、再び研修の仕事を担当している。</td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p><br /> <a style="margin: 0px;" title="JCDAホームページ" href="https://www.j-cda.jp/" rel="nofollow"><img src="https://publishers-static.s3.amazonaws.com/magazine_image/343/72dfb1db84d74987bcfe6174d6719b80.jpg" alt="JCDAホームページ" /></a></p>2017-08-16T08:20:11+00:00ジャーナル63号 本誌記事 目次
2017-08-10T03:10:50+00:00jcda-journalhttp://j-cda.publishers.fm/editor/594/http://j-cda.publishers.fm/article/16028/<p><span style="color: #0040eb; font-weight: bold;"><img style="margin: 0px;" src="https://publishers-static.s3.amazonaws.com/magazine_image/343/77133f4dde0c4c7b8eb1ac269e938945.jpg" alt="" /></span></p>
<p><span style="color: #0040eb; font-weight: bold;">【63号】</span><br /> ●特別寄稿①<br /> いま、求められるがん患者へのキャリア支援<br /> ~がんになっても人生は続く~…………………………………………………… 2<br /> ●特別寄稿②<br /> 個人を取り巻く環境への働きかけの実践事例紹介<br /> ~PTA を活用したママ達のキャリア形成支援~…………………………………7<br /> ●CDA インタビュー<br /> CDA の学びから広がる人・地域とのつながり…………………………………12<br /> ●キャリア戦線アラカルト<br /> 企業の人材育成におけるキャリア開発―7 名のキャリアカウンセラーの<br /> インタビューから探る主体性の生じるプロセス―……………………………… 17<br /> ●支部・地区便り①<br /> JCDA 全国支部長会議の開催……………………………………………………29<br /> ●支部・地区便り②<br /> 九州・沖縄支部 沖縄地区便り……………………………………………………34<br /> ●国家資格キャリアコンサルタント試験 クライエント役募集<br /> 〜あなたもクライエント役として活躍してみませんか〜……………………38<br /> ●CDQ 掲載論文<br /> 失業中の求職者を再就労に導く―就職カウンセリング行動の<br /> プロセスモデルの開発その3(3 回シリーズ)…………………………………46 <br />●理事長辞任について…………………………………………………………………46<br /> ●JCDA ジャーナル感想文のご紹介<br /> JCDA ジャーナル(NO.62)CDA インタビュー<br /> 「看護師、看護職教員をへて、看護職専門のキャリアカウンセラーへ」を読んで…47<br /> ●会員の著作本のご紹介………………………………………………………………47<br /> ● JCDA 事務局便り<br /> 第18 回通常総会およびJCDA 九州・沖縄大会in 福岡 開催のお知らせ………48<br /> 会員サイトログイン画面にて、次回更新の時期をご確認いただけるように<br />なりました。…………………………………………………………………………………48<br /> 「CDA 友の会」のメールマガジン「理事長便り」のバックナンバー掲載について…32<br /> <img style="margin: 0px;" src="https://publishers-static.s3.amazonaws.com/magazine_image/343/2cd963772a4843d28435f4ba3c4a3580.jpg" alt="" /></p>
<p>ジャーナル本誌は、JCDA会員様へ送付しております。<a href="https://www.j-cda.jp/" target="_blank" rel="noopener nofollow"><img style="margin: 0px;" src="https://publishers-static.s3.amazonaws.com/magazine_image/343/72dfb1db84d74987bcfe6174d6719b80.jpg" /></a>会員についての詳細は上記 リンクより、「会員制度」をご覧ください。<br /> 不明点は、お気軽にお問い合わせください。</p>2017-08-10T03:10:50+00:00看護師、看護職員教員をへて、看護職専門のキャリアカウンセラーへ
2017-08-14T06:58:26+00:00jcda-journalhttp://j-cda.publishers.fm/editor/594/http://j-cda.publishers.fm/article/16022/<p style="line-break: strict; word-break: normal;"><span style="font-weight: bold; line-break: strict; word-break: normal;">キャリアコンサルタント国家資格元年、今、私たち多くのキャリアコンサルタントは、今後どのように生きていくのかを考える時期となっています。そんな状況を理解していたかのように、10 年も前から、自らの方向性を決め、迷うことなく突き進んでいるかっこいい女性がいました。 『看護師』という職業を現場・教育・育成、そして病院の組織コンサルタントとして活躍するまでのストーリーです。<img style="float: right; margin: 0px;" src="https://publishers-static.s3.amazonaws.com/magazine_image/343/47c09699c4474c7f8215a201fb9aa115.jpg" alt="hamada" /></span></p>
<p style="line-break: strict; word-break: normal;"><span style="font-weight: bold; color: #0030b1;">-キャリアカウンセリング(CDA)に興味を持ったきっかけとCDA を取得してみて、いかがでしたか?</span></p>
<p style="line-break: strict; word-break: normal;">私は21 歳から看護師として就業しています。高校のあと看護専門学校を卒業して、ずっと看護師をしていました。卒業後7~8 年目位の時に、看護師が退職して他の病院に職場を変える、あるいは、他の職場から入職してくる看護師を見ていて、「なぜ、職場を変えるのだろう」、「看護師の仕事はどこでも同じだし、今、目の前の苦しんでいる治療やケアが必要な人と簡単にお別れできるのはなぜなのだろう」と思いました。そのような気持ちから、徐々に仕事の意味について考え始めるようになりました。私自身は、職場を変えたいと思ったことはなく、そういう気持ちになるのはなぜなのかを知りたいと思うようになりました。一方で、チームで医療を進めてきた集団のメンバーが変わることに対しても残念な気持ちがありました。同じ目標を持って働いてきた仲間だと思っていたのに、その目標を達成するに至らず職場を去ることが、患者さんにも影響することが口惜しい気持ちもあったからです。</p>
<p style="line-break: strict; word-break: normal;">看護師が職場を変える理由はさまざまです。労働環境の問題、ライフスタイルの変化、職場の人間関係、自身の学習準備状況など、早期に関わっていれば解決できる問題があることにも気づきました。さらに、早期に支援する状況が作れないのは、本人が悩んでいることを他者に相談していないことにも気づきました。何とかならないものかと考えながら過ごしていると、職場内だけで考え続けていても問題は解決しない、第三者が介入することがなにか解決の糸口になるのではないかと思うようになりました。しかし、それがどうすれば実現するのかわかりません。漠然と起業することのイメージをしていても、具体的にどのようにしたらよいのかもわからない状況が続きました。 </p>
<p style="line-break: strict; word-break: normal;">そんなある日、看護学校から教員にならないかと誘いがありました。私は、看護師が働き続けるための支援をするには、今、看護学校でどのような教育がされているのか、学生の特徴は変化しているのかなど、俄然興味が湧いてきました。そのときすでに、起業することをイメージしてステップを踏もうとしていたのだと思います。そして、なんとか、看護学校に転職することができました(いろいろとありましたが、ここでの顛末はまた別の機会に)。看護学校では看護学生の教育内容や学生、世代の特徴などがわかる体験ができました。もちろん学習支援や教授方略、授業研究も学び多きものでした。そして、教員としてのキャリアは3 年間にしようと決めていた私は、予定通りに退職しました。この時の私は「そろそろ、本格的に看護師を職場の外部から第三者として支援する仕事を考えたい」と思っていました。</p>
<p style="line-break: strict; word-break: normal;">なにをどうしたらよいかと思っていたとき、人材紹介・派遣会社を起業して社長業をしている看護師に出会いました。その看護師は「そんな風に考えているのだったら、うちの会社で修業したら?」と言ってくれました。修行しようとしている企業は「転職支援」です。私がしたいことは「離職対策」です。全く逆の世界に入ろうとしているとは認識しないままに修業を始めましたが、能天気にも、「私にはキャリアの神様がついている」と思ってウキウキしていました。さらに、起業の準備を始めるために、会社での修業と同時進行で、私がしたい仕事を同じようにしている人はいるのだろうかと探し始めることにしました。そのころ、看護師の世界で起業家は本当に少なかったので、キャリアの支援をするといったら、転職支援しか見つけることが出来ませんでした。そこで、医療や看護師から離れてキャリアのキーワードで検索を始めました。そこで初めてCDA を見つけることが出来たのです。今から10 年前の話です。 </p>
<p style="line-break: strict; word-break: normal;">CDAの学習を始めたころから、転職支援の仕事が苦痛で仕方ありませんでした。転職させたくないと思っている私が全く逆の支援をしなければならなかったからです。職場を変えたいと相談に来る看護師に対して次の職場の情報を提供するよりも、今の職場で働き続けることの意味について一緒に考えたくなるからです。でも、それでは会社の利益につながりません。また、転職先の病院に対する営業活動でも、採用を管理する事務部門の看護師に対する人身売買のような感覚や、看護師を紹介すると年収の何割かが支払われるというシステムに吐き気がしました。そして、そんな話がされていることは、転職先を紹介してもらえると単純に思っている看護師には全く説明されてもおらず、お金の流れなど全く興味もなく情報収集の手間を省きたい看護師のお気楽さにもガッカリする日々でした。今になってみれば、ニーズのあるところにビジネスが発生するのは当然のことで、看護師自身が職場の選択やキャリアの歩み方を知らなすぎ、そして、世間知らずであったということが理解できます。しかし、その時には、そんなことは考えることもできず、「ここは私のいる場所ではありません」と社長に泣きながら訴えて退職に至りました。その後はとにかくCDAの資格取得に集中しつつアルバイトで生活をつないでいきました。<br /> CDAの資格を取得した後、私は堂々とキャリアカウンセラーという肩書で活動できると思い、自営業で起業し、フリーランスで看護職に対する支援を始めました。臨床で考えていた、組織外から第三者としてキャリアを支援する仕事を始めたのです。</p>
<table style="border-collapse: collapse; width: 500px;">
<tbody>
<tr>
<td style="border-width: 2px; border-style: solid;"><span style="font-weight: bold;"> 一つ一つの経験が広がり、今となり、そして未来へと続く…</span></td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p style="line-break: strict; word-break: normal;"><span style="font-weight: bold; color: #0030b1;">-「実際にフリーランスで活動を始めて、NPO法人看護職キャリアサポートを設立するまでのことを教えてください。</span></p>
<p style="line-break: strict; word-break: normal;">2006年からフリーランスとして活動を始め、2010 年にNPO 法人を設立しました。始めの4 年間は、キャリアカウンセラーが生活できるレベルに達することができるか、また、看護師に対してニーズがあるのかを見極めていました。活動を続けていく中で、手応えがあり、看護師へのニーズも高いことがわかってきました。また、周囲の人から法人にすることで仕事の幅が広がると言われ始めました。また、看護師や病院が顧客のため、株式会社という利益追求を感じられると抵抗感が強いため、病院関係に受け入れやすいNPO法人にしました(NPO法人と言っても、収益事業メインの運営で利益は出します(笑))。</p>
<p style="line-break: strict; word-break: normal;"><span style="font-weight: bold; color: #0030b1;">-具体的には、4 年間の活動はどんなことをしていたのですか</span></p>
<p style="line-break: strict; word-break: normal;">はじめは、キャリアカウンセリングをサービスとして提供していました。お金を払う効果があるのかないのかの検証です。一番初めの仕事は、転職の新規入職者の職場適応支援でした。定着率の低い病院と契約、入職後6 ヵ月までに強制的に3 回の定期面談を実施し、話しを聴くということでした。ただ話を聞くだけなのに「大変なこと、嫌なこと、あんなことやこんなことまで…」さまざまな話が出てきました。そんなことを続けていたら、結果として辞める看護師がいなくなりました。そして、2 年間くらいで200 名くらいの話を聞いていたら、ほとんどの看護師が定着するまでに、同じようなプロセスをたどることがわかってきました。入職後3 ヵ月後にミスが多くなるとか、ミスの原因が慣れてきた油断からであり、そしてそれを防ぐためにどんな声をかけたらいいのか…など。それを職場に伝えたところ、今度は、支援者側の支援を求められるようになってきました。そして、さらに発信をすることが増えてきたら、今度は職場支援もできるようになりました。その後もどんどん広がり、教育プログラムの支援までできるようになりました。<br /> この頃から、自分なりにやれる!という手応えを感じ始めました。と同時に他の看護師や病院に口コミで広がり仕事の依頼が来るようになりました。 はじめは、実績を作りたい一心に病院にお願いをする立場だったのに今では、病院や職能団体からオファーが来るようになりました。仕事としては、雑誌の企画監修や執筆依頼なども増えてきています。</p>
<table style="border-collapse: collapse; width: 300px;">
<tbody>
<tr>
<td style="border-width: 3px; border-style: solid;"><span style="font-weight: bold;"> 定着のポイントは、定住できること</span></td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p style="line-break: strict; word-break: normal;"><span style="font-weight: bold; color: #0030b1;"><span style="font-weight: bold; color: #0030b1;">-</span>「看護職キャリアサポートYOKOSUKA」横須賀市との協働事業として、復職・就職支援のほか婚活パーティまで(!)様々なイベントやセミナーを開催して看護師を支援されていらっしゃいまらの活動も詳しくお聞かせください。</span></p>
<p style="line-break: strict; word-break: normal;">この事業は2013 年から横須賀市とのモデル事業として、今年からは受託事業として展開しています。横須賀市内に看護師が定着することで医療や看護の質を保ち、横須賀市の市民のヘルスケアに貢献できる専門職としての責任を果たすことを意識して実施しています。量的な確保のための就職説明会のほか、カウンセリングによる復職支援や教育研修も実施していますが、夫の転勤で離職をしてしまう、あるいは、定住する理由がない地方出身者に横須賀市内の看護師を継続してもらうために、横須賀市内に定住している転勤のない男性と出会えるように婚活パーティも開催しました。今までに3 組、成婚しています!詳しい活動内容は<span style="text-decoration: underline; color: #3366ff;"><a title="看護職キャリアサポートYOKOSUKA" href="http://www.yokosuka-nurse.org/" target="_blank" rel="noopener nofollow">ホームページ</a></span>を参照してください。</p>
<p style="line-break: strict; word-break: normal;"><span style="font-weight: bold; color: #0030b1;">- 看護業界でキャリアカウンセリングにて、看護師支援をされてこられたのですが、CDA取得後10 年にして経験代謝の良さを知り、現在はスーパーバイザー養成講座をご受講されていますが、なぜ受講をしようと思ったのかを具体的にお話しいただけますか?</span></p>
<p style="line-break: strict; word-break: normal;">CDAの資格を取得した2006 年から、実務で1 回更新をしましたが、JCDAの主催する研修からは遠ざかっていました。そのため、経験代謝の概念をまったく知りませんでした。そんな中で、スーパーバイザーの資格取得にチャレンジしたのは、看護職のキャリア支援をしていると、管理職からカウンセリングの方法について相談される機会が多くなり、カウンセリングを教えるための知識とスキルが私にはないので、身に付ける必要がありそうだと考えたからです。講座が始まり、初めて経験代謝を知りました。しかし、看護師の臨床における学習方法に酷似していることに気づいたりもしました(コルブの経験学習理論ですね)。</p>
<table style="border-collapse: collapse; width: 550px;">
<tbody>
<tr>
<td style="border-width: 2px; border-style: solid;"> <span style="font-weight: bold;"> ただ話を聞いているというスタイルから、本人が気づくスタイルへ</span></td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p style="line-break: strict; word-break: normal;"><span style="font-weight: bold; color: #0039d0;">-スーパーバイザー養成講座を受講して変わったことはありますか?</span></p>
<p style="line-break: strict; word-break: normal;">この研修を受けて、経験代謝の構造があり、カウンセリングで意図的に問いかけるという方法があったんだ!!ということに衝撃を受けました。教員経験もあったので、学生との関わりに似ているとも感じました。当時は、学生に対して、「ここで学ぶことは何か?」、「これからすることは何なのか?」、「患者さんとどういうことを話したらいいのか」と問いかけていたことを思い出しました。また、現場のナースに必要な教育的支援は看護観を深めることです。大事なことは、問いかけの方向。「患者さんとなにが起こっていたのか」、「どう関わったのか」、「これからどう関わっていくのか」などという方法でした。これがキャリアカウンセリングに置き換えると、自己概念の成長なのだと思いました。相手の反応を見ながら、想定しながら考えながら相手の反応によって、何を学ばせたいのかを考える、意図的に関わる、問いかけると考えた時に経験代謝が理解できてきました。<br /> 受講をする前は、心理カウンセリングとキャリアカウンセリングの違いが自分なりに説明することができず、何が違うのか?と思っていました。キャリアカウンセリングは、うまくいかないことの解決方法ではなく、一人一人が積み重ねた経験を活用して自己概念の成長に導き、在りたい自分を意識した未来を考えることだと思うようになりました。体験を経験に変えて積み重ねて自分なりに概念化するのだと思っています。<br /> 最近のカウンセリングは、問いかけを意識するようになっています。目の前のクライエントの再現すべき経験は何か、内省ポイントはどこだろう?と考え、問いかけ、話を聴き、最後に「そんなあなたをどう思いますか?」という幽体離脱(客観視)を試みています。</p>
<table style="border-collapse: collapse; width: 550px;">
<tbody>
<tr>
<td style="border-width: 2px; border-style: solid;"><span style="font-weight: bold;"> 自律したキャリアを歩む看護師を増やすためのことをいつも考える</span></td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p style="line-break: strict; word-break: normal;"><span style="font-weight: bold; color: #0030b1;">-今後は看護師支援の活動をどのように展開されていきたいですか?抱負ややってみたい事、展望をお聞かせください。</span></p>
<p style="line-break: strict; word-break: normal;">これからの医療・介護・福祉の世界は2025年問題(超高齢社会)や人口減少社会における人材不足の問題、そして、団塊世代の退職による世代交代で、この先の未来は未知の世界です。世界で類を見ない状況を各国がどのようにして日本が乗り越えるかを見守っていると言われています。生産年齢人口が減少している状況で経済発展をどのように進めるのか、単一民族で閉鎖的な島国気質の日本人が、どのようにしてグローバル化とダイバーシティを実現していくのかを考えなければなりません。そういった日本で看護職が果たすべき役割について考えつつ、これからの看護師が自律したキャリアを歩むことで生き抜くための方策について、ただ今模索中です!うふふ、企業秘密が多いですよ(笑)。</p>
<p style="line-break: strict; word-break: normal;"><span style="font-weight: bold;">-ありがとうございました。ますますのご活躍を期待しています。</span></p>
<p style="line-break: strict; word-break: normal;"><span style="font-weight: bold;"><取材を終えて></span><br /> 私の濱田さんの第一印象は、「この人、きっと私と波長が合う!」でした(笑)。その直感は当たり、何度か研修でご一緒するごとに、交流が深まっていきました。「私、CDAの試験に合格してからJCDAの研修にも参加していなかったし、知り合いも少ないのよね?」「経験代謝ってなに??初めて聞いたんだけど……」なんて言いながら、「経験代謝って、勉強してみるといいものね?」といとも簡単に自分のものにしていく。今では、そんな彼女から離れなくなった私がいます。インタビューも終わらないし、脱線だらけ。そんな時間も楽しく、私たちの中で、未来へ向けての壮大な計画がスタートしたことは言うまでもありません。会員のみなさま、濱田さんとわたしたちの今後の活動を楽しみにしていてくださいませ!</p>
<p>聴き手:JCDA 広報ボランティア 磯貝 和子</p>
<table style="width: 100%; border-collapse: collapse;">
<tbody>
<tr>
<td> 濱田 安岐子 プロフィール</td>
</tr>
<tr>
<td>看護専門学校卒業後、臨床経験11 年、病院看護部での教育担当と3 年間の看護専門学校専任教員経験の後、CDA資格取得。看護系大学非常勤を経て、2006 年からフリーランスで看護師のキャリアカウンセリングや病院看護部の教育プログラム企画運営などの支援を始める。<br /> 2010年にNPO法人看護職キャリアサポートを設立し、現在は、病院に所属せず利害関係のない第三者として看護職にカウンセリングを実施している。その他、地方自治体より受託して看護師確保対策事業を手掛けるとともに、個別のキャリア開発支援、定年退職後の看護職に対するセカンドキャリア支援、執筆活動や研修会の企画・運営支援、研修講師を通して看護師が元気に自分らしくキャリアを継続できるように活動している。</td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p><br /> <a style="margin: 0px;" title="JCDAホームページ" href="https://www.j-cda.jp/" rel="nofollow"><img src="https://publishers-static.s3.amazonaws.com/magazine_image/343/72dfb1db84d74987bcfe6174d6719b80.jpg" alt="JCDAホームページ" /></a></p>2017-08-14T06:58:26+00:00~経験代謝で自分らしさを実感する~
2017-08-04T09:07:46+00:00jcda-journalhttp://j-cda.publishers.fm/editor/594/http://j-cda.publishers.fm/article/16023/<p><span style="font-weight: bold; text-decoration: underline;"><img style="border: 7px solid #ffffff; box-shadow: 0px 1px 4px rgba(0, 0, 0, 0.3); float: left; margin: 0px 10px 10px 0px;" src="https://publishers-static.s3.amazonaws.com/magazine_image/343/282e1fc0546b456286515b47f02a8031.jpg" alt="" /></span><span style="font-weight: bold;"><span style="text-decoration: underline; color: #0039d0;">★経験代謝を学ぶ意味</span></span></p>
<p style="line-break: strict; word-break: normal;">以前JCDAのある向上研修に参加した際、一人の参加者の方の言葉がとても心に響きました。<br /> 「これまで自分の嫌な部分に目を向ける勇気がなかった。でも、ここで覚悟を決めて自分自身と向き合うことにした。それは、自分が死ぬときによくやったねと『自分を褒めてあげたい』。そのために今、自分と向き合おうと思った」と。<br /> 私はその言葉に「死に方を考える=生き方を考えること」。つまり、自分らしく豊かな人生を送りたい、という願いが込められているように感じました。<br /> 経験代謝を学ぶうちに、クライエントに経験を語っていただくこと、そのこと自体に、相手に対して敬意と感謝の気持ち、そして愛おしい思いが溢れてくるようになりました。</p>
<p style="line-break: strict; word-break: normal;"><span style="font-weight: bold;">「キャリアカウンセリングとは、相手の人生を慈しむこと、そして自分の人生を慈しむこと。」</span><br /> <br /> 共に成長するかかわりを実感できるのが、キャリアカウンセリングの魅力ではないでしょうか。</p>
<p style="line-break: strict; word-break: normal;"><span style="font-weight: bold; text-decoration: underline; color: #0030b1;">★CDAとしてありたい自分</span><br /> CDAとして自分がどうありたいのかを考えていた時に出会った言葉をここで紹介したいと思います。それは米国でメジャーリーガーとして活躍しているイチロー選手の新聞のインタビュー記事の中にありました。<br /> 「『何かのために』は聞こえは良い。でも時に思い上がっているようにも思える。人間関係においても言えることだが、誰かの『ために』やろうとすると厄介な問題になることがある。しかし、誰かを『思い』何かをすることには、見返りを求めることもなく、そこに愛情が存在しているから不幸な結果になることが少ないように思う。」<br /> プロフェッショナル意識とは「努力をすれば報われると本人が思っているとしたら残念だ。それは自分以外の第三者が思うこと。もっと言うなら本人が努力だと認識しているような努力ではなく、第三者が見ていると努力に見えるが本人にとっては全くそうではない、という状態になくてはならないのではないか。」<br /> 私がイチロー選手のこの言葉に出合ったとき、私はCDA としてクライエントに有意義な機会を提供できているだろうか。「クライエントのために」という思いは、CDA側(私)の思い上がりにつながらないか。と常々私が抱いていた思い(不安や恐れのような感情)に対する問いであり、答えのように感じました。</p>
<p><img style="border: 7px solid #ffffff; box-shadow: 0px 1px 4px rgba(0, 0, 0, 0.3); float: none; margin: 0px 0px 15px;" src="https://publishers-static.s3.amazonaws.com/magazine_image/343/d108b9f2dd1d4594b9249bc9938d24df.jpg" alt="" /></p>
<p style="line-break: strict; word-break: normal;"><span style="font-weight: bold; text-decoration: underline; color: #0039d0;">★私の実感した経験代謝「大切なのは、どれだけ思いを込めたか」</span><br /> 誰かの『ために』より誰かを『思って』という言葉が私の心に響いたのはなぜか。という問いにつながる私の経験について述べたいと思います。<br /> 随分と経験を遡ることになりますが、中学から高校生時代のことです。私は中学、高校とキリスト教系の学校で学生時代を過ごしました。学校生活において、毎日礼拝があり、折に触れて奉仕活動や寄付活動などを行う機会がありました。なかでも恩師である中学時代のE先生と高校時代のA先生との出会いは、現在の私の人やものごとに対する姿勢、関わり方、取り組み方、向き合い方に大きな影響をもたらしました。 <br /> <br /> まず中学生時代のことです。ある団体への寄付を行う際、私はいつものように限りある小遣いの中から、無理のない範囲で寄付をしようと募金箱の前に立ったところ、E先生は私に向かって「そのお金であなたは一食食べられますか?」、私「いいえ、食べられないと思います…」、「もし一食抜いたとしたらあなたは命を落としますか?自分に痛み(苦しみ)を伴ってこそ寄付をする意味があります」とおっしゃいました。人のために何かをするということは、痛みを伴うものでなければならないのか。E先生の言葉に大きなショックを受けました。が、それと同時に無理をして人のために何かをする行為は偽善にはならないのか、またそれを続けることに意味があるのか、という思いも私の中に浮かんできました。その後、疑問を持ちながらも、寄付をするときには、最低一食分を目安に行っていました。疑問に思う気持ちはありながらも、なぜか不満や憤りという感情は生まれず、まずはE先生の言葉に倣い、実行してみることにしました。ときには一食(昼食)を抜いて寄付をして、放課後の部活動(テニス部)に行き、フラフラになって練習して、コーチにこっぴどく叱られたりすることもありました。 <br /> <img style="border: 7px solid #ffffff; box-shadow: 0px 1px 4px rgba(0, 0, 0, 0.3); float: none; margin: 10px 0px;" src="https://publishers-static.s3.amazonaws.com/magazine_image/343/d40c318fee284bf8a223e07692034c68.jpg" alt="" />「私はいったい何をしているのだろう」と半ば自分自身に呆れる私でしたが、E先生の言葉の意味を探るかのように、寄付をする際は、「最低一食分」というルール(気がつくと私の中のルールになっていました)で行い、今現在ではそれが当然(気がつくとルールから当たり前の行為)になっていました。<br /> <br /> それから高校時代のA先生とのエピソードです。A先生の退職祝いの会をかつての同窓生数名で催した際のことです。友人の話によると、A先生が定年退職まであと5 年という時期を待たずに、自らの意志で退職を決意なさったとのこと。どうして退職なさったのだろう?私はなぜそのような決断をされたのか、問わずにはいられませんでした。A先生は微笑みながらかつ淡々と理由を語ってくださいました。「私が退職を決意した理由は2 点あります。1 つ目は、私自身の体力の限界です。義母の介護と仕事の両立が困難になってきたこと、数年前に乳がんを患い、以前のように無理がきかなくなってきたことです。そして2 つ目が、教師としての限界を感じたことです。例えばこれまで30 分あれば理解できたことが、3 倍もの時間を要するようになってきていることに愕然としました。自分の衰えを実感しながら、生徒にかかわることはできないと思ったのです。」<img style="border: 7px solid #ffffff; box-shadow: 0px 1px 4px rgba(0, 0, 0, 0.3); float: none; margin: 10px 0px;" title="Gymnastics" src="https://publishers-static.s3.amazonaws.com/magazine_image/343/761fee440d0a41cc966ad5573054508d.jpg" width="610" />また、これまでの教師生活の中で、新体操部の顧問を担当していた時期があったことも、私にとっては驚きでした。A先生の専門は国語で、運動部所属だった私から見ても、運動とは程遠いタイプの先生だと思っていたからです。顧問といっても別に専門の指導者がいるものだと話を聞いてみると、A先生が指導をなさっていたとのこと。A先生は顧問になることが決まってすぐに、新体操の指導員資格を取得するための学びを始め、実際に資格を取得し指導にあたっていたとのことでした。「あら、当たり前のことですよ」とA先生は淡々と語ってくださいました。私はA先生の話を聞き、私の担任だった頃のA先生とのかかわりを思い出しました。A先生の授業はもちろん、進路のことなどで相談を持ち掛けた際など、どんなに多忙なときでも一人一人親身に向き合ってくださっていたことが鮮明に思い出されました。<br /> <br /> <span style="font-weight: bold; text-decoration: underline; color: #0039d0;">★私の自己概念</span><br /> 私がいわゆる職業人、特にCDA として「人とかかわる、伝える」機会が巡ってくるようになり、ふと気がつくとE先生、A先生のことが心に浮かび、その役割を担うことへの喜びや感謝の気持ちと同様に、不安や恐怖すら感じる自分がいたように思います。それはE先生とのやりとりから、「どれだけ思いを込めたか」を自らに問い、A先生のように「すべてを全力かつ完璧にやり通さなければならない」という思いに呆然と立ちつくす自分がいたからかもしれません。しかし私の自己概念が見出されてからは、その不安や恐怖が自分の中のどこから生じているのか、向き合えるようになっていることを感じます。「目の前の人に心を込めて」かかわることを大切にする。相手の成長を信じ、真摯に向き合った分だけ変化、成長につなげることはできる、「やればほんの一歩でも伸びる(成長する)」、ありたい自分への一歩になることを実感しているからだと思います。<br /> 私の自己概念は「共鳴:人と人とのかかわりから生まれる相互作用=相手に対する敬意と感謝と思いやりを通して、互いの成長にプラスの影響を与え合うこと」。そのために「心を込めて向き合うこと」です。<br /> <img style="border: 7px solid #ffffff; box-shadow: 0px 1px 4px rgba(0, 0, 0, 0.3); float: none; margin: 10px 0px;" src="https://publishers-static.s3.amazonaws.com/magazine_image/343/4cbbb9c17368422b8f9844d508c59663.jpg" /><br /> 私はキャリアカウンセリング(経験代謝)を通して、自己概念を見出し、一人一人が豊かな人生を送るための気づきの場を共に作り出すことのできる存在(CDA)でありたいと同時に、その思いに共感してくださる仲間(CDA)と共に成長し続けたい、さらに多くのCDA の仲間を生み出したいと願う自分がいることを今強く実感しております。<br /> <span style="font-weight: bold; text-decoration: underline; color: #0039d0;"><br />★最後に</span><br /> これまで経験代謝について学んできたこと、私自身が経験代謝を実感したことなどを振り返り、このような貴重な場でお伝えできる機会をいただきましたこと、またCDA の学びを通して出会えた大切な仲間との出会いに、心より感謝申し上げます。</p>
<table style="width: 100%; border-collapse: collapse;">
<tbody>
<tr>
<td> 岡本 江美 プロフィール</td>
</tr>
<tr>
<td>人材ビジネス業界勤務の時代にCDA の資格を取得。その後、キャリアカウンセラーとして若年層を中心とした就職支援、キャリアカウンセリング及び、行政・学校・企業にてキャリア教育、キャリア開発支援事業の企画及びセミナー、キャリアコンサルタント(CDA)養成講座を担当。</td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p><br /> <a style="margin: 0px;" title="JCDAホームページ" href="https://www.j-cda.jp/" rel="nofollow"><img src="https://publishers-static.s3.amazonaws.com/magazine_image/343/72dfb1db84d74987bcfe6174d6719b80.jpg" alt="JCDAホームページ" /></a></p>2017-08-04T09:07:46+00:00 ジャーナル62号 本誌記事 目次
2017-08-08T01:06:27+00:00jcda-journalhttp://j-cda.publishers.fm/editor/594/http://j-cda.publishers.fm/article/16024/<p><span style="color: #0040eb; font-weight: bold;"><img style="margin: 0px;" src="https://publishers-static.s3.amazonaws.com/magazine_image/343/77133f4dde0c4c7b8eb1ac269e938945.jpg" alt="" /><br />【62号】</span><br /> ●2017 年度 理事長 年頭所感<br /> キャリアドック元年、キャリアカウンセリングを社会機能として具体化する。……… 2<br /> ●理事長便り<br /> 「自己概念」と「ありたい自分」について…………………………………………………………6<br /> ●CDA インタビュー<br /> 看護師、看護職教員をへて、看護職専門のキャリアカウンセラーへ…………………12<br /> ●経験代謝レポート<br /> ~経験代謝で自分らしさを実感する~……………………………………………………… 16<br /> ●CDQ 掲載論文<br /> 失業中の求職者を再就労に導く<br /> ―就職カウンセリング行動のプロセスモデルの開発 その2(3 回シリーズ)………19<br /> ●支部・地区便り<br /> 東北支部 福島地区便り?福島地区発足から未来へ~………………………………26<br /> ●2017 年度 九州・沖縄大会in 福岡 開催!<br /> テーマは「共に生きる。~しあわせの風は南から、CDA _よかろうモン~」………30<br /> ●JCDA ジャーナル感想文のご紹介<br /> JCDA ジャーナル(NO.60)経験代謝レポート<br /> ~「経験代謝と共に生きる」を読んで~………………………………………………31<br /> ●会員の著作本のご紹介…………………………………………………………………31 <br />● JCDA 事務局便り<br /> 「JCDA 九州・沖縄大会in 福岡」と<br /> 第18 回JCDA 通常総会開催日および開催地のお知らせ………………………32<br /> 会員サイトログイン画面にて、次回更新の時期をご確認いただけるようになりました。…………………………v32<br /> 2017 年 キャリアの国際大会のご案内……………………………………………32<br /> JCDAジャーナルをウェブでもご覧いただけます…………………………………32 <img style="margin: 0px;" src="https://publishers-static.s3.amazonaws.com/magazine_image/343/2cd963772a4843d28435f4ba3c4a3580.jpg" alt="" /></p>
<p>ジャーナル本誌は、JCDA会員様へ送付しております。<a title="日本キャリア開発協会" href="https://www.j-cda.jp/" target="_blank" rel="noopener nofollow"><img style="margin: 0px;" title="NPO法人日本キャリア開発協会" src="https://publishers-static.s3.amazonaws.com/magazine_image/343/72dfb1db84d74987bcfe6174d6719b80.jpg" /></a>会員についての詳細は上記 リンクより、「会員制度」をご覧ください。<br /> 不明点は、お気軽にお問い合わせください。</p>2017-08-08T01:06:27+00:00「知識提供型」から「共感・体感型」へ〜参加者が企画者へと成長する空間作り〜
2017-02-27T01:56:03+00:00jcda-journalhttp://j-cda.publishers.fm/editor/594/http://j-cda.publishers.fm/article/13937/
<p style="-ms-line-break: strict; -ms-word-break: normal;"><img src="https://publishers-static.s3.amazonaws.com/magazine_image/343/0a100c2cd2d24c89bdb4d895be87a8b7.jpg" alt="" style="border: 7px solid rgb(255, 255, 255); box-shadow: 0px 1px 4px rgba(0, 0, 0, 0.3); float: left; margin: 0px 10px 5px 0px;" height="265" width="389" />今回は、キャリアweek を裏で支えた原 哲也さんにインタビューをさせていただきました。原さんは、対人支援者のための勉強会を主催者として10 年間続けていらっしゃいます。その積み上げと経験、そして1 つの勉強会からコミュニティへ。時代にあわせ、10 年間も継続できている秘訣はなんであるのか。不安よりも「やってみる!」という行動の後押しになるのは「信頼」という名でつながった仲間の存在。語りの中からその秘訣が見えてきました。<br />
<span style="font-size: 10pt;">※キャリアweek: ライフ・キャリアを振り返る1 週間~キャリア専門家、一般の方にも人生(ライフ・キャリア)について立ち止まり考えてもらう期間~」というコンセプトで東京大会前の1 週間をキャリアweek としてCDA が中心となってさまざまなイベントが開催されました。詳しくは、61号本誌JCDA 東京大会開催報告p19 に掲載しています。</span></p>
<p><span style="font-weight: bold; text-decoration: underline;">マイキャリア</span><br />
<span style="font-weight: bold; color: rgb(0, 57, 208);">-本業は何をされていますか?</span><br />
原さんって何をやっている人なんですか、とか、得体が知れないとかよく言われます。普段はIT 開発や運用のプロジェクト管理支援をしています。交通整理役ですね。IT 業界は転職で入っていますが、かれこれ20 年経ちました。転職前は業務用音響機器の輸入代理店でマーケティング部にいました。吸収合併があり、合併の移行が終わったところで会社を去るのですが、この移行の経験とマーケティングでやっていた展示会担当の経験がプロジェクト管理に活きたんです。前職の経験の価値をIT の現場で見出してくれたのは、最初の現場で同じチームだった、ほかの会社のリーダーさんでした。技術なしで転職したので、日々、新しいことに対応していくのに必死でしたが、ある会議で、私がちょっとした交通整理をした時に「ハラ坊、そのやり方、どこで覚えた?」って声をかけてくれて。それが自信になりました。あの時やっていたことって、こんなふうに役に立つんだ。自分にもこのチームで役に立てることがあるんだって。それからずっと交通整理役です。単純ですよね。</p>
<p><span style="font-weight: bold; text-decoration: underline;">上司の一言</span><br />
<span style="font-weight: bold; color: rgb(0, 57, 208);">-どういう経緯でCDA になろうと思ったのですか?</span><br />
20 年以上前ですが、実は産業カウンセラーを受験したことがあるんです。きっかけは、当時の上司の一言でした。「原君と話をしていると頭が整理されるんだよな」。その言葉にその気になって。「え!人の話を聞くって、役に立てる方法なんだ」って。<br />
ところが、当時、絶対に落ちないと言われていた実技試験が不合格になり、それで再受験は止めました。でも、心理療法や支援プロセスの理論とか面白くて、心理学の勉強はずっと続けたんです。10 年くらい、いろいろやりましたね。で、ある日、かみさんに言われたんです。「あなたは何をしたいの?何か形になることに取り組んだら」って。言われてみれば、確かに勉強はすれど、形になってないなぁと。そこで、資格を取ろうと。産業カウンセラーの再受講も考えましたが、自分の中では、キャリアの視点も大きくなっていたのでCDA に決めました。<br />
あと、CDA 取得を後押ししたのは、やはりIT の現場での経験でしたね。私の場合、火の噴いたプロジェクトへ参画することが多かったんです。プロジェクトリーダーを支援しに行くわけですが、参画した時点では、時、すでに遅しで、リーダーが燃え尽きている。支援に行っているのに、ただ、プロジェクトの交通整理をするだけ。何をやっているんだろうなぁと。目の前に燃え尽きたリーダーを見ながら、何にもできないんだなって。私としては、エンジニアとして誇りを持って笑顔で現場にいてもらいたかった。しかし、彼らは現場を去っていくことになる。そんなことが何度かあり、そのことに対して自分は何かできないんだろうかという思いが強くなっていました。<br />
しかし、CDA 取得は簡単には行かず。CDA も実技で落ちて、「もう、受験しない!」とまたふてくされて、頭を冷やすのに1 年かかりました。その後、再受験を決めたのは、講師の原 恵子先生や仲間が、ずっと見守ってくれていたおかげです。そして、2011 年1月、CDA の合格通知をいただきました。</p>
<p><span style="font-weight: bold; text-decoration: underline;"> 「やりたいことを思い出しました!」</span><br />
<span style="font-weight: bold; color: rgb(0, 57, 208);">-原さんといえば「勉強会」ですけど、勉強会はいつから始めたのですか?</span><br />
10 年くらい前ですね。キャリアの勉強を始める前です。当時参画していたプロジェクトで他社の方が私に「勉強がしたいです」って声をかけてくれて。先ほどお話した、リーダーを支援することへの自分なりのチャレンジになりました。私はトレーナー役で講義をやったり、ワークをやったり。みんな喜んでくれましたね。「そんなふうに観ることができるんですね!」と、視野が広がり、視点が増えることの明快さ、自由さを感じてくれました。<br />
それで思ったのが、世の中に面白くて、自分を自由にしてくれる智慧や研究があるのにそれを必要としている人には届いていないんじゃないかと。この智慧と人が出会う場をつくっていきたいと思いました。<br />
しかし、勉強会をきっかけに、参加していたリーダーが転職するという事態に。えらいことになったと思いましたよ。でも、「原さん、やりたいことを思い出しました!」って、いきいきとした顔を見て、これで良かったのかなとも。この件はその後も悩みました。</p>
<p><span style="font-weight: bold; text-decoration: underline;">対人支援者のための勉強会とは</span><br />
<span style="font-weight: bold; color: rgb(0, 57, 208);">- CDA の勉強会はどのように始まったのですか?</span><br />
養成講座の流れで神田30I クラスとJ クラス合同で試験対策の勉強会を開催しました。最初はI クラスの佐々木 朋徳さんが幹事をやっていてくれて、二次試験の対策になるところで、私がバトンを受け取りました。それが今のSGCD(Study Group for CareerDevelopment)のはじまりでした。第1 回目は2009 年11 月23 日でした。正直、二次試験対策よりもその先のことをやりたかったので、早々に「対人支援者の成長とケアの場」というコンセプトを妄想していましたね。</p>
<p><span style="font-weight: bold; text-decoration: underline;">「笑顔」を大切にしたい</span><br />
<span style="font-weight: bold; color: rgb(0, 57, 208);">- SGCD にはモットーがありましたよね。</span><br />
CDA ってどんな社会的な機能を果たすんだろうか。私たちの役割って何なんだろうか。そのことを人権など原理的な観点からも考える場にしたかったんです。「大切にしていることを大切にするために私たちができること」というのが今のモットーというかテーマなんですが、もともとは「笑顔の権利を取り戻せ!」だったんです。<br />
みんな一人一人が大事にされていいはず。でもそうなっていない状況がある。だから一人でも多くの人が笑顔でいられるような支援ができたら、と。<br />
でも友人の一人が「笑顔も権利って形じゃないと大切にされないって、何か寂しいよね」って。それで考えたんですよ。もっと優しい言葉はないかなって。そんな時、一緒に幹事をしてくれていた沼井 志保さんが「相手のことも大切にするって、相手の大切なことを大切にするということですね」と言ったのを聞いて、それだ!と思って使わせてもらっています。</p>
<p><span style="font-weight: bold; text-decoration: underline;">「それ、面白そう!それ、みんなでやってみよう!」が原動力</span><br />
<span style="font-weight: bold; color: rgb(0, 57, 208);">- 7 年間、続けてこられた秘訣は何ですか?</span><br />
面白いと思えるものを見つけたり、教えてもらったら、まずは、やってみよう。それもみんなでやったらずっと面白いはず。で、どんなことが起きるか、どんな体験になるか。そこからその価値や意味を理解してみよう。ということでしょうか。私自身が楽しみたい。<br />
なので、「それ、面白そう!」と思ったら、まず、会場を予約することから始めます。熱が冷めないうちに開催できる最短の「空き」を探す。それから、Facebook にイベントページを立てて、最後にプログラムを考えますね。<br />
例えば、今年のゴールデンウィークの10日連続ワークショップは、会場が予約し放題だったので実現できたという要素は大きいです。10 日連続と決めたのが4 月28 日でしたから。あと、続けていく支えは、何といっても、参加していただいているみなさん、そして共に場を創ってくださった幹事の仲間の存在。特に、幹事として毎回静岡から東京に来てくれている粳田 一博さんには本当に感謝しています。放り出したくなるたびに助けてもらいました。<br />
<img src="https://publishers-static.s3.amazonaws.com/magazine_image/343/fc84a10f00e44949a6aa2369d2804936.jpg" alt="" style="border: 7px solid rgb(255, 255, 255); box-shadow: 0px 1px 4px rgba(0, 0, 0, 0.3); float: none; margin: 10px 0px 0px;" border="0" /><br />
</p>
<p><span style="font-weight: bold; text-decoration: underline;">共に時間を過ごす</span><br />
<span style="font-weight: bold; color: rgb(0, 57, 208);">-ここ最近、SGCD が変わったと耳にしますが。</span><br />
数年前、知識提供型のコンテンツに違和感を覚え、お山の大将になる危機感を感じて、立ち止まってみたんです。「いいこと言うのやーめよ」って。それがコンテンツをつくり込まない、参加者のみなさんで意味をつくるという方向に動いたのでしょう。<br />
NVC がもとになっている「共感的コミュニケーション」、「真夏の夜の非構成」をはじめとする非構成シリーズ、私の自己開示的テーマから始まった「フワクのミライ」、そしてPCA による事例検討の「PCAGIP」。ラインナップがずいぶん変わりました。<br />
あと、私自身の変化とつながっています。ここ数年、自分自身が見えなくなったなと感じていました。ビジョンや役割、そしてあり方といったものまで。その中で自分を感じるために体験した、NVC、T グループ、フォーカシング、プロセスワークの影響が大きいと思います。<br />
特に大きかった体験は、T グループで、自分の行動の源泉に「仲間を大切にしたい」という強い思いがあることに気づいたこと。それを素直に認めてからは、自分自身が場にいても安心していることができるようになりました。ざわざわしないというか。それとともに「はらてつさんの創る場だから参加しました。」という声を多くいただくようになりました。<br />
コンテンツも「共に時間を過ごす」場という意味合いに変わってきたと思います。</p>
<p><span style="font-weight: bold; text-decoration: underline;">キャリアweek が始まるまで</span><br />
<span style="font-weight: bold; color: rgb(0, 57, 208);">-最後にキャリアweek についてですが、原さんはどう関わられたのですか?</span><br />
大会委員長の渡邊 葉一さんと広報の酒井章さんから2 月末に連絡があって、「大会前の一週間を縁日のようにイベントが開催される期間にしたい」と。飯田橋の居酒屋で、お二人からコンセプトをお聞きして、これは面白くなると思いました。<br />
「いいですね、やりましょう!終わった時に寂しさがあるような、そんな時間にしましょう!」と、ビールの酔いも手伝って、即決。<br />
すぐにコンテンツを持っている方々とコミュニティを持っている方々に連絡して「やってみませんか」と声がけ。「でも全部自分で準備してね」という条件つき。時間的に問題になるのは会場なので「コンテンツが決まってなくてもいいから、まず場所は確保して!」と。もう、無茶苦茶ですよね。私がこんな調子なので、支部、研究会の方々へのお声がけは、事務局にお願いしました。<br />
ゴールデンウィークまでは、みんな手探り状態といった感じでした。その後、勝田 千砂さんが先陣を切ってイベントを挙げてくれたところから動き出しましたね、一斉に。おーって思いましたよ。「キャリアweek って、こうなるんだ」って。Facebook にどんどんイベントがあがってきたんですよね。<img src="https://publishers-static.s3.amazonaws.com/magazine_image/343/394479c3177a4c86a670395be58fc998.jpg" alt="" style="border: 7px solid rgb(255, 255, 255); box-shadow: 0px 1px 4px rgba(0, 0, 0, 0.3); float: none; margin: 10px 0px 0px;" /></p>
<p><span style="font-weight: bold; text-decoration: underline;">仕掛けが背中を押す</span><br />
<span style="font-weight: bold; color: rgb(0, 57, 208);">-キャリアweek はどんな時間だったのでしょうか?</span><br />
キャリアweek の振り返りをして分かったことですが、主催者も参加者もキャリアweek がいろいろな「きっかけ」になっていた。<br />
主催者にとっては、初めて場を開いてみることだったり、自分のビジョンの実現の一歩だったり、コラボレーションの試みだったり。参加者にとっては、気になっていたイベントへ初参加の機会だったり、自分を見つめる時間をとるきっかけだったり、久しぶりにCDA として行動してみることだったり。<br />
不安よりも「やってみる」「行動してみる」思いが強くなる機会だったようです。「キャリアweek」という仕掛けが背中を押してくれていたんではないでしょうか。<br />
あと、「信頼」。これは大きかったと思います。本来だったら、多くの手続きや打ち合わせをもって準備するところですが、流れの中で連携できていく。参加者の方々も一緒に場を創る。信頼が、安心して場をつくること、安心して自分を表現することを支えていたんじゃないかと。<br />
やっぱり、やってみないとわかりませんよね。自分がやってみる。一緒にやってみる。コンテンツがどういう面白さを持っているのか、場はどのように変化していくのか。どこでつまずくのか、そして、自分自身は場の中でどうあろうとしているのか。それを体験して気づいていく。そして、日常へ、次のステップへつないでいく。キャリアweek は、関わった人にとって、そんな体験学習の場だったのではないかと思っています。<br />
来年もキャリアweek があったら、私は福岡で「共感的コミュニケーション」を開催しようと思っています。もう、福岡の会場は取りましたよ。</p>
<p><span style="font-weight: bold; text-decoration: underline;">SGCD 紹介ページ</span><br />
<a href="http://www.slideshare.net/smilerights/sgcd-outline" rel="nofollow">http://www.slideshare.net/smilerights/sgcd-outline</a></p>
<p><span style="font-weight: bold;"><取材を終えて></span><br />
私が原さんと出会ったのは3 年程前。ある飲み会の帰り道でCDA の今後のことを熱く語った記憶があります。そして、今回はそのルーツを聴き出す機会。とても興味深く、突っ込みを入れながら話を聴くことができました。今年初めての開催「キャリアweek」、ある日、企画説明会と呼び出され、私は友人と「Career Bar」を開催しました!来年は、福岡…さらなる発展が楽しみです。</p>
<p>聴き手:JCDA 広報ボランティア<br />
磯貝 和子</p><a title="JCDAホームページ" style="margin: 0px;" href="https://www.j-cda.jp/" rel="nofollow"><img alt="JCDAホームページ" src="https://publishers-static.s3.amazonaws.com/magazine_image/343/72dfb1db84d74987bcfe6174d6719b80.jpg" /></a>2017-02-27T01:56:03+00:00〜経験代謝から湧き上がるエネルギー〜
2017-02-17T02:19:49+00:00jcda-journalhttp://j-cda.publishers.fm/editor/594/http://j-cda.publishers.fm/article/14156/<img src="https://publishers-static.s3.amazonaws.com/magazine_image/343/27fa854288104b07bd896b21e1d86ab6.jpg" alt="shimoda" style="border: 7px solid rgb(255, 255, 255); box-shadow: 0px 1px 4px rgba(0, 0, 0, 0.3); float: left; margin: 0px 10px 10px 0px;" /><span style="font-weight: bold; text-decoration: underline;">★自分自身にとって自己概念とは</span><br />
<p>あなたにとって自己概念とは?そう聞かれたとき、自分自身にとって今一番しっくりきている表現がこれです。</p>
<p><span style="font-weight: bold;"> "「在りたい自分」に向かっていくために握りしめる「大切なお守り」のようなもの”</span></p>
<p>私は自分の自己概念を「(弱っちい自分を乗り越えるための)挑戦」と「責任の全う」と言語化しています。自己概念に名前をつけて言語化してみることは、自己理解、自己一致につながる大切な取り組みと思うようになり、ピアファシリテーターとしてのJCDAのピアトレーニングの場では必ず参加者に伝えるようにしています。<br />
ある事柄に対し感情が沸き起こる時、心が騒つく時、その事柄を自己概念に照らして観ている自分がいる。自分の大切しているものに触れているような感覚。今回の経験代謝レポートのジャーナル掲載の話をいただいたときもそうでした。<br />
<br />
まずはやりたくない自分に向き合うことからスタートする。「文章をつくるのが苦手」「自分なんかが経験代謝を語るなんて10 年早いのでは」。そんな弱っちい自分が顔を出す。ネガティブな自分。<br />
次の瞬間、「自分でも何か伝えることができることがあるのでは」「自分に期待して指名していただいた方に応えたい」という欲求が現れる。そして「次のピアトレーニングまで、あらためて経験代謝について考えてみるチャンスを(神様から)いただけた」とポジティブな自分が意味づけをし、前に進んでいく。<br />
これまでの過去の経験を振り返ってみてもそうでした。「できるか」と言われれば「やりましょう」と答える自分。その瞬間に事柄は決断した自分の責任となる。以降は上手くいこうがいくまいが全て自分の責任。そんなことを繰り返し、強く成長してきた自分の人生を思う。<br />
新しい役割に向き合ったときに必ず現れるネガティブな自分。最初に頭に浮かぶことは「なんで自分なのか」「身分不相応」など弱っちい自分。<br />
そのとき背中を押してくれるのが「在りたい自分」であり。「そんな弱っちい自分に負けたくない強い気持ち」。否定から肯定へ変化する過程。<br />
「自分だからできることがあるのではないか」<br />
「誰かのために自分が役に立てることがあるのでないか」<br />
「自分に期待してくれている人たちがいるのではないか」<br />
自分に問いかけてみる。そこに自分の自己概念を重ね、経験に意味づけを行い、前に踏み出していく。そして責任を全うすることに全力を注ぐ。<img src="https://publishers-static.s3.amazonaws.com/magazine_image/343/73013ce004de45d7a47465ae9b394550.jpg" alt="" style="border: 7px solid rgb(255, 255, 255); box-shadow: 0px 1px 4px rgba(0, 0, 0, 0.3); float: none; margin: 15px 0px;" /><br />
管理職になるときに上司がこんな言葉をかけてくれました。「役割が人をつくる」ということ。「その役割を少し背伸びして引き受け、その責任を全うするために努力することが人を成長させる。そしてその役割にふさわしい人間になっていく」と。<br />
<br />
管理職を狙うにあたり、自分が一国一城の主となれる器なのかと躊躇していた自分。そんな自分に放ってくれたそんな一言でした。<br />
その上司からの言葉は今でも自分自身の支えとなっています。これまで、その言葉に意味を見出し、成長につなげていくことができたのは、私自身の中に「在りたい自分」があったからでしょう。私はこの経験から、自分が迷ったときに自分の自己概念につなげてくれる一言は、誰かの支えにもなることができるということを学びました。キャリアカウンセラーとして、そして管理職として、自分もそんな関わりができるようになりたいと切に願います。</p>
<p><span style="font-weight: bold; text-decoration: underline;">★「経験代謝」との出合い</span><br />
「経験代謝」との出合いは、CDA の資格試験合格後に受講した初めてのピアトレーニング。上手く自分の中で取り入れられなくて、もやっとしていました。<br />
そこで出合ったのが、JCDA の向上研修「CC-T(キャリアカウンセリングトレーニング)体得編」でした。そこに記載されていた「このプログラムでは、自分自身がクライエントとして経験代謝を体験することを中心に構成されており、 経験代謝の実感が得られる貴重な機会です」という言葉。「経験代謝の実感」という言葉がこの研修へと私を誘いました。正直、「実感させていただこう」と少し生意気な態度で臨んだ気がします。そこで想像し得なかった貴重な経験を手に入れることになりました。<br />
自分がクライエント役で臨んだロールプレイング。参加メンバーにも恵まれ、とても暖かい雰囲気の中でロールプレイングのセッションに入ることができました。<br />
そのセッションの間の「問いかけ」の時間で、オブザーバーとして参加されていた講師からの促しによって、大きく心が揺さぶられたのです。後半のセッションで、そこから語り始めたのですが、自分の想いが溢れ過ぎて、言葉が出なくなってしまいました。後からどんな言葉をどんなふうに投げかけられたのだろうと思い出そうとしましたが、あまりの衝撃でどうしても正確に思い出すことができませんでした。そこでその秘密をさぐるべく九州で開催される2 回目の体得編に乗り込みます。<br />
そこで見つけたものはとてもシンプルなものでした。</p>
<p><span style="font-weight: bold;">「クライエントへの好意的関心」と「自己概念の影へのアプローチ」</span></p>
<p><span style="font-weight: bold;"></span>私は現在、損保ジャパン日本興亜の営業セクションの中間管理職をしています。当時も今もですが、私の最大の悩みは「個人と組織の調和」です。中間管理職の役割と理解しながらも、自分の未熟さから悪戦苦闘の毎日です。そのとき、いただいた「問いかけ」は次のような言葉だったと思います。<br />
「下田さんがどれたけ部下のことを大切にされているかが、下田さんの一言一言からすごく伝わってきました。なぜゆえ、その苦しい場所に立ち続けようとしているのか、そのエネルギーはどこからくるのか尋ねてみたい」<br />
この言葉に自分の中にある自己概念は揺さぶられました。脳裏に浮かんだのは「孤独な自分」、そしてそれを打ち消すように次の瞬間「組織と闘っている自分を共に支えてくれている部下の面々」でした。だからこそ、自分はどんなに苦しくても前を向いて進んでいける。まだまだ自分は闘えるとエネルギーを貰った瞬間でした。<br />
そのとき、言語化した自己概念は「共闘」。決して一人ではなく、仲間と共に闘うことを大切にしている自分でした。その後、闘っている相手は「組織」ではなく、「弱っちい自分自身」であると気づき、自己概念を「(弱っちい自分を乗り越えるための)挑戦」と言語化してみました。そしてそれを支えている「責任を全うしたい」という「在りたい自分」を実感しました。<br />
余談ですが、昨年、JCDA の大原事務局長からサビカスのキャリアストーリーインタビューを受ける機会がありました。そのとき、私は好きな漫画で「ワンピース」と「機動戦士ガンダム」を挙げ、その内容について語りました。<br />
ワンピース モンキー・D・ルフィ ⇒ 仲間を大切にし、仲間と一緒に何かを成し遂げるような生き方に「在りたい自分」を観る ⇒ 「共闘」<br />
機動戦士ガンダム アムロ・レイ ⇒ 弱虫だった少年が戦場でたくさんの試練を乗り越えながら成長していく姿に自分自身を重ねる ⇒ 「(弱っちい自分を乗り越えるための)挑戦」<br />
サビカスのキャリアストーリーインタビューの中にもきちんと自己概念が現れていることをあらためて認識しました。</p><img src="https://publishers-static.s3.amazonaws.com/magazine_image/343/84c4c56cb79746b88b59874188695069.jpg" alt="" style="border: 7px solid rgb(255, 255, 255); box-shadow: 0px 1px 4px rgba(0, 0, 0, 0.3); float: none; margin: 0px 0px 15px;" />
<p><span style="font-weight: bold;">★経験代謝から湧き上がるエネルギー</span><br />
自分自身が大切にしている「自己概念」が「経験」と結びついたとき、「在りたい自分」に近づきたいというエネルギーが湧いてくる。そのエネルギーが人を一歩前に踏み出させる。そのエネルギーこそが「経験代謝」の醍醐味かと思います。<br />
日常の経験を積み重ね、その経験に映る自分を実感し、そこから見えてきた意味を実現していくこと。それを繰り返しながら自己概念は成長を促され、人としても成長していく。私自身がこの「経験代謝」にどれだけ助けられてきたかを感じずにはいられません。ピアファシリテーターになりたいと思ったことも、この醍醐味を多くの人たちが理解し、実感してほしいという願いからです。<br />
多くの人たちが、自分の足で自分の人生に責任を持って前向きに進んで行けるように支援していくこと。それがキャリアカウンセリングの力であり、キャリアカウンセラーの役割であると信じ、これからも学び続け、生涯をかけて自分自身を成長させていこうとあらためて今、決意を固めました。</p>
<table style="width: 100%; border-collapse: collapse;">
<tbody>
<tr>
<td> 下田 英樹プロフィール</td>
</tr>
<tr>
<td><span style="-ms-line-break: strict; -ms-word-break: normal;">大学卒業後、安田火災海上保険株式会社(現 損害保険ジャパン日本興亜株式会社)へ入社。理工系卒ながら営業一筋23 年。CDA との出合いは地方の支社の管理職となり「傾聴スキル」の必要性を感じたことによる。ラインリーダーこそカウンセラーのマインドとスキルが必要であると信じ、自己研鑽に勤しみながらインプットしたものを日常現場でアウトプットすることを繰り返し、自身のレベルの向上に努力している。今年度、5 回目のチャレンジでピアファシリテーターオーディションに合格。6 月にJCDA 西関東支部長を拝命する。</span></td>
</tr>
</tbody>
</table><br />
<a title="JCDAホームページ" style="margin: 0px;" href="https://www.j-cda.jp/" rel="nofollow"><img alt="JCDAホームページ" src="https://publishers-static.s3.amazonaws.com/magazine_image/343/72dfb1db84d74987bcfe6174d6719b80.jpg" /></a>2017-02-17T02:19:49+00:00〜CDA としてできること〜VOL.2 熊本復興支援セミナー
2017-02-27T02:01:12+00:00jcda-journalhttp://j-cda.publishers.fm/editor/594/http://j-cda.publishers.fm/article/14157/
<p style="-ms-line-break: strict; -ms-word-break: normal;">2016年4 月、熊本を中心に大きな地震が起こりました。4 月14 日夜9 時頃の大きな地震は、4 月16 日深夜のさらに大きな地震により、前震とされました。阪神・淡路大震災と同規模の地震とのことでしたが、その後の余震の発生の数は、今までにないものでした。<br />
今やっと仮設住宅が建設され、これからいよいよ新しい生活が始まるという方もおられるようです。仕事や生活においてまだまだ不安定な状況が続いているのが現状です。</p>今回は、熊本地区会から発せられた依頼により8 月20 日(土)の午後に復興者支援セミナーを開催いたしましたので、その経緯や当日の様子をお伝えいたします。
<div style="font-size: 10pt;text-align:right;">JCDA 事務局 宮村 聡子</div><hr />
<p><span style="font-weight: bold; text-decoration: underline;">私達CDA ができることを考え、行動に移せるのでは…。</span><br />
セミナー開催の日、九州・沖縄支部の顧問(前支部長)高木敬介さんは、事情により参加できないということでした。その代りにメッセージを送っていただき、宮村が代読いたしました。その中に、今回のセミナー開催のきっかけが含まれていました。</p>
<div style="font-size: 10pt; color: rgb(129, 129, 129);margin-top:0px; text-ailgn:left;">宮村の司会にて、セミナー開始直後の様子</div><img src="https://publishers-static.s3.amazonaws.com/magazine_image/343/c852fdd2b4c8466a8f72a1c62ca367b5.jpg" alt="" style="border: 7px solid rgb(255, 255, 255); box-shadow: 0px 1px 4px rgba(0, 0, 0, 0.3); float: left; margin: 0px 10px 10px 0px;" />※高木氏のコメントより抜粋「さて、本日のセミナーについては、5 月5 日に送られてきた熊本地区会: 上村地区長(当時:地区長、現:顧問)からのメールによって動きがスタートしました。そのメールには、こう書かれていました。<br />
◎ 多くの人々が自分の心と心の動きへと目を向け始めた時、その心を受け止め、寄り添ってくれる人の存在が求められる。私達CDA ができることを考え、行動に移せるのでは…。<br />
◎ただし、キチンとした対応、諸注意を受けてからの行動開始が肝要である。<br />
◎九州・沖縄支部 熊本地区会として、JCDA本部へ専門家の派遣を打診し、レクチャーを出来るだけ早く行い、現場での活動をしたい。<br />
◎ JCDA 本部への働きかけを行うが、支部長としても後押しをしてほしい。」<br />
<br />
この内容に賛同され、熊本地区会と共にセミナーの開催を強く望まれました。またJCDA では、東日本大震災の際にも臨床心理士の先生をお招きして、復興者支援セミナーを行ったことがあり、熊本でも地区会の希望に応えるセミナーを開催する動きとなりました。<br />
今回のセミナーは、臨床心理士の中でもJCDA の活動を長くご支援いただいている髙松真理先生にご担当いただくことになりました。CDA のことを知ってくださっているからこそ、ただ知識を伝えていただくだけでなく、何かCDA として考え行動に移せるきっかけとなるセミナーに、との想いからでした。<br />
<br />
当日は、約50 名の方がご参加くださり、質疑応答では、さまざまな熊本の現状が伝わってきました。同じ町に住んでいても100m先の家は、大きな被害を受け、自分の家は無事であったり、相談業務の時のほんの一言に違和感を覚えたり、生活の中でまた日常の中で何かしたい、何かしなければ…。でもこれでいいのか、と葛藤と戦いながら過ごされている熊本のCDA のみなさんの様子が伝わってきました。髙松先生に質問をしながらも内省をする姿勢は、CDA らしい姿に見えました。<img src="https://publishers-static.s3.amazonaws.com/magazine_image/343/ed2941f7b1364cceaf94c926775924bf.jpg" alt="" style="border: 7px solid rgb(255, 255, 255); box-shadow: 0px 1px 4px rgba(0, 0, 0, 0.3); float: none; margin: 15px 0px 0px;" /><span style="font-size: 10pt; color: rgb(129, 129, 129);">JCDA立野理事長の挨拶の様子</span><br />
<br />
<span style="font-weight: bold; text-decoration: underline;">セミナーを受けて</span><br />
<span style="font-weight: bold;"> 熊本地区会 顧問 上村 眞智子</span><br />
地震発生後、少しづつ復興への兆しが見え始めていますが、目に見える物の復興と共に、そこで生きる人々の心の復興は更に重要であり、CDA がその支援者として、被災された方々に寄り添い、仕事への復帰、日常の家庭生活への復帰をサポートできたらと心から思いました。<br />
ただ、その支援は、従来のキャリア・カウンセリングに加え、メンタル面のサポートを重視しながらの支援になることは必至であり、事前に実施上の注意点を専門家から学ぶ機会の必然性を強く感じました。<br />
髙松先生のセミナーでは、CDA 理解確認から始まり、震災被害によるPTSD、トラウマ、解離、罪責感、悲嘆と続く専門的な知識、対応時に心しておくべき留意点を学びましたが、自身の経験と照らし合わせて聞き入る参加者の姿は印象的でした。<br />
質疑応答で、質問者が抱える「贖罪感」や「悲嘆」から解放されていくキャリア・カウンセリングのライブを目の当たりした時、そして懇親会の席上で聞いた「セミナー会場に入った瞬間に目に入った笑顔と温かく包まれる様な空気感を感じ、思い切って参加して良かった!一歩踏み出せた!」 との言葉に、セミナー開催の確かな手応えと私達CDA のあるべき姿、存在意義を確認できた素晴らしい日となりました。<br />
開催に際し、ご尽力下さった宮村さん始め多くの方々へ心から感謝申し上げます。<img src="https://publishers-static.s3.amazonaws.com/magazine_image/343/52eabe18824c4603b808da6f86891f11.jpg" alt="" style="margin: 15px 0px 0px; border: 7px solid rgb(255, 255, 255); box-shadow: 0px 1px 4px rgba(0, 0, 0, 0.3);" /><br />
<span style="font-size: 10pt; color: rgb(129, 129, 129);">上村顧問の発表の様子</span><br />
<br />
<table style="width: 100%; border-collapse: collapse;">
<tbody>
<tr>
<td>「震災被災者の方への支援<br />
〜臨床心理の視点からCDA らしい関わり方を考える〜」<br />
【日 時】2016 年8 月20 日(土)13:15 〜17:00<br />
【開催場所】熊本森都心プラザ 6F<br />
【参加費】無料<br />
【プログラム】<br />
13:15 開会<br />
13:15 ご挨拶 JCDA 理事長 立野 了嗣 氏<br />
13:30 〜セミナー<br />
「震災被災者の方への支援<br />
〜臨床心理の視点からCDA らしい関わり方を考える〜」<br />
<講師>臨床心理士 髙松 真理 氏<br />
16:30 〜熊本の状況報告 <br />
熊本地区: 顧問 上村 眞智子氏<br />
16:50 閉会</td>
</tr>
</tbody>
</table><br />
<a title="JCDAホームページ" style="margin: 0px;" href="https://www.j-cda.jp/" rel="nofollow"><img alt="JCDAホームページ" src="https://publishers-static.s3.amazonaws.com/magazine_image/343/72dfb1db84d74987bcfe6174d6719b80.jpg" /></a>2017-02-27T02:01:12+00:00マレーシアで…人生すごろく『金の糸』!?
2017-02-17T05:29:30+00:00jcda-journalhttp://j-cda.publishers.fm/editor/594/http://j-cda.publishers.fm/article/14158/
<div style="font-weight: bold;text-align:right;">小板橋 孝雄</div>
<p>「マレーシア、アジアで、若い人たちにキャリアプランニング、キャリア教育を実践し広めたい…。」<br />
4 年前の5 月12 日、東京お台場のJCDA大会。私の事例発表で壇上に上がったマレーシア人ウォン (Wong Lai Yong, 黄麗容) さんが最後に発した言葉…。力強い口調で自身へのコミットメントのように私には聞こえました。<br />
2016 年8 月16 日午前1 時半。帰国らしきアジアの観光客で混みあう羽田空港の出発ロビー。ウォンさんの言葉を思い浮かべながら、香港経由ペナン行きのキャセイパシフィック航空へ乗り込みました。早朝、香港着。出発ゲートの待合席で今日のスケジュールをFBでチェック。ペナンの学校関係者と非公式の情報交換会をウォンさんが調整してくれました。「今日はホテルでのんびり」と体は要求しますが、「どんな人とどんな話になるのか」心はワクワクしてきます。<br />
「偶然ではなく必然ですね!!」2015 年10 月、キャリア系イベントで再会し二人が最初に発した言葉。お台場で自分の夢を宣言した年に、彼女はCDA 試験に合格。その後帰国し中学校、高校、大学など若い人を対象にキャリア支援プログラムを実践しています。私もアジアの人たちへのキャリア支援に興味があったので、一緒に何かできないかとすぐに意気投合。まずはウォンさんが生まれ育ち、現在の活動拠点ペナンへと計画を立てました。<br />
午前11 時、飛行機は定刻にペナン到着。暑さは東京よりもましと体感しながら到着ロビーから外へ出ると、「コイタバシさんここです」と元気に手を振り、以前と変わらぬ笑顔でウォンさんが迎えてくれました。空港から宿泊先のホテル、チェックイン後、ホテルから情報交換会会場に行く車の中で会話が弾みます。留学生として来日し大学院で学び、企業で働いた日本での16 年間、ゲストとしてまた参加者でもあった私の勉強会の思い出、マレーシアで「ファーストペンギン(First Penguin)」という団体を立ち上げたこと、本当にやりたいことは若い人たちに自分を見つめ、充実した人生を歩めるような支援をしたいこと、今後の活動展開など話は尽きません。睡眠不足の疲れも忘れ、話し続けているうちに車はファーストペンギンのオフィスへ。雑居ビルの2 階ですが、30 名程度のワークショップができる部屋と事務室、応接室があります。16:00 に情報交換会開始。仕事の合間を縫って4 つの大学・専門学校のオーナー、学長、教授、マーケティングマネージャー、教務関係のディレクターやファーストペンギンの協力者など6 名の方に集まっていただきました。<img src="https://publishers-static.s3.amazonaws.com/magazine_image/343/5916363e03be4ac5acf8856c5ae354a5.jpg" alt="セミナールームで情報交換" style="border: 7px solid rgb(255, 255, 255); box-shadow: 0px 1px 4px rgba(0, 0, 0, 0.3); float: none; margin: 15px 0px 0px;" /><span style="font-size: 10pt; color: rgb(129, 129, 129);">セミナールームで情報交換</span><br />
<br />
内容は相互の学生の様子・学修・留学・キャリア事情。なかでもマレーシアへの日本人学生スタディツアーやインターンシップの可能性・プログラムの内容・期間・対象者など、このあたりは深く突っ込んだ意見や情報を交換しました。皆私立学校なので経営的視点から留学生の受け入れ増に熱心のようです。また私とウォンさんからJCDA、CDA の活動などを説明し、日本のキャリア支援について少し説明しました。日本の新卒一括採用、手厚い就職支援には驚いていましたが、賛同というよりは奇妙な仕組みと捉えられたようで、仕事は「自分で探す」でもなく「自ら作る」もの、学生のキャリアにおいて大学はインキュベーターであるべきとまで言われてしまいました。一方で自分が何をしたいのかわからない学生が増えていると漏らしていた准教授の言葉が印象に残りました。<br />
<img src="https://publishers-static.s3.amazonaws.com/magazine_image/343/b578f2dbfef24fd683ceea99185fdba3.jpg" alt="大学関係者のみなさんとファーストペンギンのオフィスで(前列左下 ウォンさん 後列左 筆者)" style="border: 7px solid rgb(255, 255, 255); box-shadow: 0px 1px 4px rgba(0, 0, 0, 0.3); float: none; margin: 15px 0px 0px;" /><span style="font-size: 10pt; color: rgb(129, 129, 129);">大学関係者のみなさんとファーストペンギンのオフィスで<br />
(前列左下 ウォンさん 後列左 筆者)</span><br />
<br />
翌日はウォンさんが代表を務める「トーストマスターズ(Toastmasters)クラブ」に誘われました。話し方、パブリックスピーチ、リーダーシップを相互に学ぶ世界的なネットワークを持つ非営利団体です。<br />
当日聞かされ何も知らず、惑いもありましたが「行けば面白い出会いがある」と好奇心を優先させました。毎回テーマを決め参加者一人ひとりがスピーチをする。「Word of theday」「Thought of the day」などキーワードをもとに即興で表現する。「私は見学」と思って見ていたらいきなり指名され、スピーチをさせられました。限られた時間(2 分)で即興ということもあり日本語で話すことを許してもらいました。ポケモンGO がテーマとなっており、笑いの絶えない和やかな雰囲気で進行します。平日の夜20:00 から22:00まで若い人たちが20 名くらい集まりこんな学びを実践しているという、この熱気に圧倒されました。<br />
<img src="https://publishers-static.s3.amazonaws.com/magazine_image/343/1e88cdb1bd4c453cb9f7ca0bf473c707.jpg" alt="" style="border: 7px solid rgb(255, 255, 255); box-shadow: 0px 1px 4px rgba(0, 0, 0, 0.3); float: none; margin: 15px 0px 0px;" /><span style="font-size: 10pt; color: rgb(129, 129, 129);">「ポケモンGO」をテーマに討論</span><br />
<br />
最後に参加者と名刺交換をし、数人と話し合うことができました。20 代の若いビジネスマンが私をCDA と知って、「Tell me howto know who I am」。「回りにもたくさん自分が何をやりたいのか分からない友達がいる。」と笑顔で呟きます。この問いかけと彼の苦笑がホテルに帰ってからもずっと頭にまとわりついて離れません。<img src="https://publishers-static.s3.amazonaws.com/magazine_image/343/e33242056b454b39ba25efbf0ce1209b.jpg" alt="" style="border: 7px solid rgb(255, 255, 255); box-shadow: 0px 1px 4px rgba(0, 0, 0, 0.3); float: none; margin: 15px 0px 0px;" /><span style="font-size: 10pt; color: rgb(129, 129, 129);">トーストマスターズクラブのみなさん</span><br />
<br />
二つのイベントに参加し、わずか十数名の人との情報交換ですが、この体験を通して、一つの仮説を持ちたくなりました。「自分がどうありたい」「何がしたい」と、分からぬまま仕事に就いて悩んだり、また「よりよく生きる」を探す若い人がマレーシア、アジアにも増えていたりするのではないか?これを検証しながら、何かプログラムを実践できないか?<br />
最終日の夜、ウォンさんと食事をしながら話し合いました。「ニーズはあると思っている。現在はキャリア形成の講演・コミュニケーション・プレゼンテーションプログラムなどを実践しているが、First Penguin のオフィスで若い人たちの自己発見プログラムをやりたい」。私の問いかけに対しウォンさんの熱い思いが噴出します。「マレーシアの若者により良く生きることを考え、実践してもらいたい。そのためのプログラムを検討しているが、ゲーム性のあるプログラムが受け入れられる気がする」。ブレインストーミングのようなやり取りの最中、頭に浮かんだのは「人生すごろく『金の糸』」。彼女にその概要を説明しました。英語版はまだありませんが、英語・中国語・日本語を使いこなせるCDA ならできるかもしれない。JCDA に相談しながら、まずはやってみよう。一歩踏み出そう…。マレーシアのファーストペンギンとして…。盛り上がってお酒も入り、「Make a toast!!」。<br />
翌朝、今後の展開にワクワクしながら日本へ観光に行くマレーシア人に紛れ成田行きの飛行機に飛び乗りました。11 月にはウォンさんが来日する予定です。<br />
私の中にある「偶然を楽しむ」という『金の糸』が自然と働き生まれた今回の体験と企画。これからどんな偶然が起こり、それをどのように自分が捉えるのか…。楽しみです。<br />
<a title="JCDAホームページ" style="margin: 0px;" href="https://www.j-cda.jp/" rel="nofollow"><img alt="JCDAホームページ" src="https://publishers-static.s3.amazonaws.com/magazine_image/343/72dfb1db84d74987bcfe6174d6719b80.jpg" /></a></p>2017-02-17T05:29:30+00:00ジャーナル61号 本誌記事 目次
2017-02-17T06:15:16+00:00jcda-journalhttp://j-cda.publishers.fm/editor/594/http://j-cda.publishers.fm/article/14662/
<p><span style="color: rgb(0, 64, 235); font-weight: bold;"><img src="https://publishers-static.s3.amazonaws.com/magazine_image/343/77133f4dde0c4c7b8eb1ac269e938945.jpg" alt="" style="margin-top:0px;margin-right:0px;margin-bottom:0px;margin-left:0px;" />【61号】</span><br />
●巻頭特集 JCDA 東京大会 開催報告……………………………………… 2<br />
● CDA インタビュー<br />
「知識提供型」から「共感・体感型」へ<br />
~参加者が企画者へと成長する空間作り~ ………………………………………20<br />
●経験代謝レポート<br />
~経験代謝から湧き上がるエネルギー~……………………………………………24<br />
●キャリア戦線アラカルト<br />
ラボラトリー方式の体験学習の観点からみた半構成的なグループ・アプローチ…… 27<br />
●支部・地区便り<br />
関西・北陸支部 北陸地区便り~地道にコツコツと~……………………………34<br />
●災害復興者支援コーナー<br />
~CDA としてできること~ VOL.2 熊本復興支援セミナー… ………………………38<br />
●海外CDA 事情<br />
マレーシアで…人生すごろく『金の糸』!?……………………………………………40<br />
● CDQ 掲載論文<br />
失業中の求職者を再就労に導く<br />
―就職カウンセリング行動のプロセスモデルの開発<br />
その1(3 回シリーズ)…………………………………………………………………42<br />
● JCDA ジャーナル感想文のご紹介……………………………………………47<br />
●会員の著作本のご紹介… …………………………………………………………47<br />
● JCDA 事務局便り<br />
JCDA 東京大会の動画公開について………………………………………………48<br />
JCDA ジャーナル大会特別版(WEB 版)について……………………………48<br />
<img style="margin: 0px;" alt="" src="https://publishers-static.s3.amazonaws.com/magazine_image/343/2cd963772a4843d28435f4ba3c4a3580.jpg" /></p>
<p>ジャーナル本誌は、JCDA会員様へ送付しております。<a title="NPO法人日本キャリア開発協会" style="margin: 0px;" href="https://www.j-cda.jp/" rel="nofollow"><img alt="NPO法人日本キャリア開発 協会" src="https://publishers- static.s3.amazonaws.com/magazine_image/343/72dfb1db84d74987bcfe6174d6719b80.jpg" /></a>会員についての詳細は上記
リンクより、「会員制度」をご覧ください。<br />
不明点は、お気軽にお問い合わせください。</p>2017-02-17T06:15:16+00:00災害復興者支援コーナー ~CDAとしてできること~
2016-11-16T02:35:57+00:00jcda-journalhttp://j-cda.publishers.fm/editor/594/http://j-cda.publishers.fm/article/13818/
<p><span style="font-size: 14pt; font-weight: bold;">VOL.1 避難者支援</span></p>
<p style="-ms-line-break: strict; -ms-word-break: normal;">2011 年3 月11 日午後2 時46 分、東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)が起きました。大きな地震に伴い津波が発生、福島第一原子力発電所の事故による放射能が漏洩し、あれから5 年という歳月が流れましたが、時間が経過したからといって何もかもが終わり、元に戻ったわけではありません。<img src="https://publishers-static.s3.amazonaws.com/magazine_image/343/3f5b7150af2c4e229458c72fb405dfd1.jpg" alt="ホッとネットおおさか 避難者交流会" style="border: 7px solid rgb(255, 255, 255); box-shadow: 0px 1px 4px rgba(0, 0, 0, 0.3); float: right; margin: 5px 0px 10px 10px; width: 200px; height: 241px;" /><br />
そして、今年4 月には熊本でまた大きな震災が起きました。大きな余震が長い期間にわたって起こり、東日本大震災とは違う困難が生まれました。地震は、日本という国の宿命のようなもの。この国に住む限り自然の脅威は、常に隣り合わせにあるといえます。違う言い方をすれば、災害と共に生きる必要があるとも言えます。<br />
CDA は、そこで何ができるのでしょうか。<br />
このコーナーは、災害復興に関わるCDA を通してCDA だからできることを考えるコーナーです。<br />
</p>第1 回は、2016 年5 月22 日(日)11 時から15 時の間、「I-site なんば」にて行われた「ホッとネットおおさか避難者交流会」の様子とその時に参加されたCDA の方々が感じたこと、考えたことをご紹介します。<br />
<div style="text-align: right;">JCDA 職員 宮村 聡子(CDA131260)</div><br />
<p><span style="font-weight: bold; color: rgb(0, 57, 208);">【避難者支援イベントの「キャリア相談コーナー」について】</span><br />
<br />
CDA の豆野一彦さんは、東日本大震災が発生した2011 年3 月から一貫して避難者支援をしておられます。東北にも何度も行かれてボランティアを続けておられます。またご自身が在住しておられる関西でも避難者支援の団体(ホッとネットおおさか:大阪府下避難者支援団体等連絡協議会)に所属して積極的に活動を継続されています。イベントの際は避難者の多くが母子なので、母親がゆったりとした気持ちで参加できるように学生を集めてお子さんを預かる保育コーナーを担当されています。<br />
今回、豆野さんは、これからの支援にCDA の専門性が活きるはずとの思いで「キャリア相談コーナー」の設置を所属の団体に申し出てくださいました。このような経緯でイベントへのCDA 参加が実現したのでした。 <br />
※豆野さんは、2016 年6 月25 日(土)13時から17 時の間にTOC 有明で開催されたJCDA 東京大会の「ナラティブ・セッション」で登壇されました。JCDA 東京大会の様子は、JCDA のホームページで公開しています。</p>
<p style="-ms-line-break: strict; -ms-word-break: normal;"><span style="font-weight: bold; color: rgb(0, 57, 208);"> 【避難者支援イベント当日の様子】</span><br />
<br />
イベントでは、参加者に女性が多いためメイクコーナー、カラーセラピーコーナーなどもあり、華やかな雰囲気もありました。<img src="https://publishers-static.s3.amazonaws.com/magazine_image/343/894666ba13894687baee610d2fedabf9.jpg" alt="カラーセラピーコーナー" style="margin: 5px 0px 10px; border: 7px solid rgb(255, 255, 255); box-shadow: 0px 1px 4px rgba(0, 0, 0, 0.3);" /><span style="font-size: 9pt; color: rgb(129, 129, 129);">カラーセラピーコーナー。女性の来場者に好評でした。<br />
</span><br />
CDA 担当の「キャリア支援コーナー」は、弁護士会、司法書士会、産業カウンセラーなどのコーナーの中に設置されました。<br />
参加CDA は、全員で8 名。開始前の準備、受付も順番を決めて担当しました。「キャリア相談コーナー」では、2 つの机を使って4名で担当をしました。来談者はほとんど「キャリア相談」のイメージがつかめないのか、自発的に来られたのではなく、参加者の方をよく知っている豆野さんが誘導してくださり、「なんでも話してくださいね」という声かけから始めました。相談は、多くありませんでしたが、最初は、何を話したらいいのかなという戸惑いから次第に熱を帯びてくる方、いきなり生まれ育った土地の方言で堰を切ったように話される方など、さまざまでした。<br />
</p><span style="font-weight: bold; color: rgb(0, 57, 208);">【担当者の声】</span><br />
<br />
<span style="font-weight: bold;">関西地区会幹事 ピアファシリテーター豆野 一彦( CDA143037)</span><br />
<p style="-ms-line-break: strict; -ms-word-break: normal;">私は、震災後、ボランティアに直接行ったりしているうちに、それをきっかけにCDAになりました。そして、CDA の専門性が活かされることがあるはず、いつか結び付けたいと思っていました。本当に何ができるのか、ずっと考えていましたので、転機を迎えられる今、落ち着いて考える時期に来ている今だからこそできるのではないかと思い「キャリア相談」のコーナーを申し出ることにしました。<br />
ただ、今回コーナーを設置してみて感じたのは、相談と言っても何の相談か分からない。職業相談とするのは、分かりやすいが、それだけでもない。何か分かりやすい広報が必要ではないかと強く感じました。何をするところかを分かってもらえる、キャリア相談をしたいと思っていただける、そのような広報が必要だと思います。一体何をしてくれる人かが分かればもっと利用してもらえるのではないかと思います。<br />
実際に今回のイベントでは、数名のCDAの方に関わっていただいて、CDA ができることがたくさんあると感じました。当事者の方で組織を立ち上げ、避難者からの発信をしておられる方も、話を聞いてもらって、「こんなに話を聞いてもらえたことはない。真剣に話を聞いてもらえて勇気がでてきた」とおっしゃっていました。それができるのがCDAではないか、と大きな可能性があると感じました。<br />
今回は、ボランティアということで自由度も多かったので、それを今後、どう展開できるか、その辺りが課題かもしれないと思いました。</p><span style="font-weight: bold;">関西・北陸支部 支部長 PF アドバイザー野路 衛(CDA138055)</span><br />
<p style="-ms-line-break: strict; -ms-word-break: normal;line-break: strict;">私のブースに来られた方は、最初は、悩んで相談に来られていた感じでもなかったのですが、聴いていくうちに、また、ご本人も話すうちにご自身で整理がつかれるというような感じでした。しっかり話を聴くというのは、普段CDA としてトレーニングをしたことが活きるという実感はありました。話された内容は、大変つらい経験。途中で、うっとくるような、感情があふれだしそうな、そんな感じになりました。もっと深刻なテーマで悩んでおられる方が来られたらどうなるんだろうと思いました。はたして、CDA 側がしっかり受け止められるのかという気になりました。<br />
また、さまざまな自然災害が起きている中で、一個人の人生としてみると、社会的に大きな出来事に巻き込まれなくても肉親との別れなど、心に大きな傷を負うこともあります。震災ということだけに限らず人生のつらい時期、乗り越えないといけない時期にお話しを聞いて自分の中で方向性を決めて、意思決定ができように、CDA が支えることができるのではないか。CDA の社会性としても大切な気がします。<img src="https://publishers-static.s3.amazonaws.com/magazine_image/343/2c44697c95454ea4b52280d5a25b8a68.jpg" alt="パネル" style="border: 7px solid rgb(255, 255, 255); box-shadow: 0px 1px 4px rgba(0, 0, 0, 0.3); float: right; margin: 5px 0px 0px 10px;" /></p>
<p style="-ms-line-break: strict; -ms-word-break: normal;line-break: strict;"><span style="font-weight: bold; color: rgb(0, 57, 208);">【今回の経験を踏まえて】<br />
</span><br />
このイベントを通して強く感じたことの一つとして、自分たちが知らないことが多いということでした。一口に避難者と言っても、福島県の方だけではなく東北全域から関西へ避難して来られているのでした。ご夫婦で離れて暮らしておられる方も多く、それが何年も続くことで避難している側も東北でお仕事をされているご家族も両方がつらい思いをし、割り切れなさ、やり切れなさを感じているように思いました。しかし、そのような情報は、あまり伝わってこないのが実情です。もっと知ること、そして忘れないことが最も大切な心がけかもしれません。<br />
これからも復興に関わっておられる方だけでなく、広く震災のことを忘れないために、またCDA としての役割を考えるために、さまざまなCDA にスポットを当ててこのコーナーでお伝えしていきたいと思います。</p><a title="JCDAホームページ" style="margin: 0px;" href="https://www.j-cda.jp/" rel="nofollow"><img alt="JCDAホームページ" src="https://publishers-static.s3.amazonaws.com/magazine_image/343/72dfb1db84d74987bcfe6174d6719b80.jpg" /></a>2016-11-16T02:35:57+00:00〜経験代謝と共に生きる〜
2016-11-16T02:51:23+00:00jcda-journalhttp://j-cda.publishers.fm/editor/594/http://j-cda.publishers.fm/article/13819/
<p style="-ms-line-break: strict; -ms-word-break: normal;"><img style="margin: 0px 10px 10px 0px; border: 7px solid rgb(255, 255, 255); border-image: none; float: left; box-shadow: 0px 1px 4px rgba(0,0,0,0.3);" alt="中村(五十嵐) 晶子さま" src="https://publishers-static.s3.amazonaws.com/magazine_image/343/1f939cc477be4913b2bafd037f6e5757.jpg" />「経験代謝」と初めて出会ったのは、ピアファシリテーターの研修でした。それ以来経験代謝について学び、自分の経験を振り返り、初めて自己概念(在りたい自分)に名前をつけたのは2 年ほど前でした。それからもいくつか変化しながら、最終的には「創造」という名前がつきました。名前がついてから、自分の経験を自己概念と結び付けて考えるようになりました。<br />
小さい頃から、ものを作ったり、絵を描いたりするのが好きで保育園の年長の頃には、端切れ布をもらって見様見真似で人形の洋服を作っていたこと、その頃の夢はデザイナーだったことなどを思い出しました。また、私の子どもが小さい頃は、子供服や小物を作ることが楽しみで生地や材料を集め、どんなものを作ろうかと考え、型紙を作り、自分なりにひと手間加えて作っていたこと、できた時はとても嬉しく、それがストレス解消に役立っていたことを思い出します。<img style="margin: 5px 0px 10px; border: 7px solid rgb(255, 255, 255); border-image: none; box-shadow: 0px 1px 4px rgba(0,0,0,0.3); -webkit-box-shadow: 0 1px 4px rgba(0, 0, 0, 0.3); -moz-box-shadow: 0 1px 4px rgba(0, 0, 0, 0.3);" alt="" src="https://publishers-static.s3.amazonaws.com/magazine_image/343/b2fe2c64ee4f488a891a33bb41b8fbb7.jpg" /><br />
ところが、子どもたちが成長し、幼稚園や小学校に通うようになり、外の世界と関わりを増やすにつれ、「○○さんの奥さん」「△△ちゃんのお母さん」と言われることにだんだん物足りなさを感じるようになりました。家にこもって社会とのつながりもなく、自分だけ取り残されていくような、自分の人生を生きていないような感じがしていました。</p>
<p style="-ms-line-break: strict;">そんな時、恩師に声をかけていただき、仕事に復帰しました。そして、契約社員を経てようやく正社員になったと安堵したのも束の間、会社都合により退職し、直後に病気が発覚したのです。乳癌でした。今から10 年余り前、下の子が中学生の時でした。治療をしながら、病気と向き合う日々の中、何もしないでいると、不安に押しつぶされそうな気がして引き受けたPTA 連合会の母親委員。当時4 つの町の小中学校15 校31 名の委員からなる母親委員会の委員長として、1 年間務めることになりました。県の母親委員や郡の役員も兼務していましたので月に2~3 回でしたが、会合にも出席し、その他にも行事の計画・打ち合わせなどの活動を通して充実感を味わうことができました。この経験は「委員のみなさんと委員会を作っている」ことにやりがいを感じ、「自分の行動を通して社会とつながっている」実感を味わうことができるということを教えてくれました。</p>
<p style="-ms-line-break: strict;">さらに、失業と病気は、「社会とのつながり」を実感させてくれただけでなく、CDAの資格と出会うチャンスをもくれました。「自分とはどんな存在だったのだろう」「これから、何ができるのだろう」との思いから、自分の棚卸をするためにと資格取得を志しました。このCDA の資格は、さまざまなことを学ぶ意欲とこれまで自分の中で見ないようにしてきた部分にも目を向ける勇気を与えてくれました。</p>
<p style="-ms-line-break: strict;">経験代謝について学ぶようになってから「在りたい自分」にばかり焦点を当てていた私が「自己概念の否定的表現」に関心を持つようになったのは、今年の初めに参加したプレミアムセミナーがきっかけでした。<br />
プレミアムセミナーで自分を語り、キャリアカウンセリングを受けるうちに、これまで名前がつかなかった「自己概念の否定的表現」にぴったりな「拘束」という名前がついたのです。その時はうれしくて、思わず講師の先生方に報告をしたほどでした。否定的表現に名前がついたことで自己概念をより身近なものとして感じることができるようになりました。それからは、日常の出来事を「自己概念」と「自己概念の否定的表現」に照らし合わせて考えることができ、とても楽になったような気がしていました。</p>
<p style="-ms-line-break: strict;">しかし、自己概念と自己概念の否定的表現の関連について考えるようになった時、両者のつながりが不明確で自分の中でつじつまが合わないように感じるようになりました。「型」や「枠」にはめられるのを嫌がっているのに、目的やビジョンをイメージしながら「形」を作ることにこだわっている自分に違和感を覚えました。「本当は、自分にとって『カタチ』はとても大切なもので、もしかしたら自己概念はもっと違う言葉なのではないか」「自分でこの言葉だと決めつけていたのではないか」と自分自身がつけた自己概念の名前に迷いが生じてきました。<img style="margin: 5px 0px 10px; border: 7px solid rgb(255, 255, 255); border-image: none; box-shadow: 0px 1px 4px rgba(0,0,0,0.3); -webkit-box-shadow: 0 1px 4px rgba(0, 0, 0, 0.3); -moz-box-shadow: 0 1px 4px rgba(0, 0, 0, 0.3);" alt="" src="https://publishers-static.s3.amazonaws.com/magazine_image/343/a1afef6e775b4ea7b6e5fafd9fdb41c8.jpg" /><br />
そんな時に、キャリアカウンセリングで過去の受け入れたくないような経験を振り返る機会がありました。何かをしようとしているときに「持論を押し付けてきて、やろうとしていることを阻害する」ように感じる、そういう相手に対して、気持ちがモヤモヤ、ザワザワとします。そこには「押し付けられた」「拘束」と感じて相手を遠ざけようとしている自分がいるのです。<br />
カウンセラーから「拘束というのは、相手に感じていること?それとも自分自身に感じていること?」と問いかけられました。その問いかけがずっと頭に残っており、「何を拘束と感じているのだろう」「相手が押し付けてきたことにただ、反発して他人のせいにしているだけではないか」と自分自身に問いかけていました。そして、その時の状況や何を言われ、どう感じ、相手にどんな言葉を返したかを思い出すにつれ、「言われたことに対して、それは押しつけだと感じるのはなぜか、それは自分自身にこうあるべきという枠があってそれに拘っている自分がいるからに他ならない」と気づいたのです。いつのまにか自分自身で枠を作っていたことに気づいたときに愕然としました。これまでは、「押しつけ」や「拘束」しようとする相手にモヤモヤを感じているのだと思っていたのですが、何かをするためには「こうするのが当然」「こうあるべき」と相手に押し付けたり、自分を拘束したりしている自分自身に対してモヤモヤ感やザワザワ感を持っているのではないかと思うようになりました。<br />
何かをしようとするとき、「こうあるべき」と押し付けられると反発したくなり、「縛り付けようとしている相手」に拘束を感じている。一方で、相手とは違う枠組みを作っている自分がいて、その枠に自分自身が縛られていたのです。そんな風に感じるのも「創造」という視点で物事を見ているからなのだとあらためて思いました。</p>
<p>これまで、「捉われる」「拘束される」とどうなるのかというと、他人事にしようとしたり、新しいアイディアが湧かず、そこに留まっているように感じたりします。そして相手にわかってもらおうと一生懸命に説明したり、説得して相手を変えようとしようとしたりします。自分の主張が通ったとしても、「我儘を通しているのではないか」と後味の悪い思いをすることがあります。また、うまくいかない場合は諦めたり、遠慮して自分の意見を引っ込めたりして、不満が残ることもあります。そこからは何も生まれないし、徒労感を感じるだけでした。「拘束されている」「押し付けられた」と感じて他人のせいにしていた時は、とても苦しく、つらい経験として自分を縛っていました。<br />
ところが、自分が枠を作っていることに気づいてからは、「だから、あの言葉を押しつけと感じたのだ」と振り返ることができるようになりました。そして、何かあったときに「枠」を探すようになりました。「こうあるべきという形に捉われている自分がいないかどうか」「どんな枠を作っているのか」「その枠は、本当に必要なのか」など自分に問いかけると「なぁんだ、そんなことに拘っていたのか」と自分自身を愛おしく感じることがあります。<img style="margin: 5px 0px 10px; border: 7px solid rgb(255, 255, 255); border-image: none; box-shadow: 0px 1px 4px rgba(0,0,0,0.3); -webkit-box-shadow: 0 1px 4px rgba(0, 0, 0, 0.3); -moz-box-shadow: 0 1px 4px rgba(0, 0, 0, 0.3);" alt="" src="https://publishers-static.s3.amazonaws.com/magazine_image/343/fa3fb6b3cf2e47a395ef9d710e55bcf0.jpg" /></p>
<p style="-ms-line-break: strict; -ms-word-break: normal;">自己概念の否定的表現が出ているときは、不安や孤独、不満を感じ、それを糧にして成長していくのだと言葉としては理解できたつもりでも、しっくりきた感じがしませんでした。自己成長とは、「いやだなぁ」と思うことがあったときに自分の行動を反省し、次の行動につなげることだと考えていました。例えば、枠を押し付けてくると感じる相手に関心を向けて、話を聞き、新しい関係を築かねばならないと思っていました。しかし、それでは、「いやだなぁ」と思う『見たくない経験』をそのまま片隅に押しやって放置し、受け入れているとは言い難く、結果として成長につながらないことに気づきました。今は、自分の中の枠に気づき、それを認めて枠組みを変えていくことでその経験を受け入れる、それが成長につながるのかなぁと思っています。</p>
<p style="-ms-line-break: strict; -ms-word-break: normal;">これからも、「自己概念」と「否定的表現」で日常の経験を語ることができるのか検証しつつ、環境を取り入れて新しい経験を作り、在りたい自分に向かっていくことで社会とつながりを創っていきたいと願っています。</p>
<table style="width: 100%; border-collapse: collapse;">
<tbody>
<tr>
<td> 中村(五十嵐)晶子プロフィール</td>
</tr>
<tr>
<td><span style="-ms-line-break: strict; -ms-word-break: normal;">大学卒業後、建機メーカーの品質保証部門のスタッフとして勤務後、関連会社でシステムの開発に携わる。子育ての期間を経て大学での研究支援員などを経験。その後CDA 資格を取得し、女性の再チャレンジや学生から中高年まで幅広い年齢層の就職支援に携わる。一方で企業でのキャリア開発研修やキャリアカウンセリングなど、キャリア形成支援にも携わっている。</span></td>
</tr>
</tbody>
</table><br />
<a title="JCDAホームページ" style="margin: 0px;" href="https://www.j-cda.jp/" rel="nofollow"><img alt="JCDAホームページ" src="https://publishers-static.s3.amazonaws.com/magazine_image/343/72dfb1db84d74987bcfe6174d6719b80.jpg" /></a>2016-11-16T02:51:23+00:00アジア太平洋キャリア開発協会 台北大会、初参加!
2016-11-16T02:34:44+00:00jcda-journalhttp://j-cda.publishers.fm/editor/594/http://j-cda.publishers.fm/article/13820/
<p style="-ms-line-break: strict; -ms-word-break: normal;">2016 年5 月19 日~21 日の3 日間、アジア太平洋キャリア開発協会(Asia PacificCareer Development Association、以下APCDA)の大会が、国立台湾師範大学(NationalTaiwan Normal University)にて開催されました。Promoting Inclusiveness(包括性を推進しよう)、「マイノリティーを含めたキャリアカウンセリング・コンサルティングをアジア太平洋地域で進めていこう」という趣旨で行われました。アジア太平洋地域を中心に約15 カ国、130 名以上のキャリア支援関係者が参加。大学のキャリアセンター、政府関係機関、企業等の実務家による発表が60 近く行われました。</p>
<div style="text-align: right;">大橋 典子(CDA145077)</div><br />
<p style="-ms-line-break: strict; -ms-word-break: normal;">参加のきっかけは、ふと読み返したJCDAジャーナルNo. 57。「参加してみたい!」と直感的に思い、日本事務局に連絡。ていねいなご説明をいただき、思い切って参加を決めました。</p>
<p><span style="color: rgb(0, 57, 208); font-weight: bold;">プレコンファレンスディナー:</span>大会前夜に関係者が集まり、顔合わせをしながら春巻き作り体験。偶然CDA 第2 次試験直前講座の恩師と嬉しい再会! 1 年半ぶりに合格報告すると共に近況報告もできました。</p>
<p><span style="color: rgb(0, 57, 208); font-weight: bold;">初日:</span>ボランティアの方々の歓迎を受けながら受付。台湾大会事務局であるShelley TienさんとAPCDA会長Sheri Butlerさんの挨拶で開幕しました。引き続き米国Indiana UniversityBloomington 教授であるBarry Chung 博士のご講演。「Multicultural and Gender Issues inCareer Counseling」について、故郷中国や米国でのマイノリティーとしての体験を交え、多文化的背景を持つ方々への介入方法をご説明されました。その後、夕方まで発表・ポスターセッション。昼食は学生食堂を一部貸切りした会場でビュッフェスタイル。傾聴スキルを活用し、ゆっくりでもコミュニケーションを取る重要性を実感しました。<img style="border: 7px solid rgb(255, 255, 255); box-shadow: 0px 1px 4px rgba(0, 0, 0, 0.3); float: none; margin: 5px 0px 10px;" alt="" src="https://publishers-static.s3.amazonaws.com/magazine_image/343/0409cb9f0867466084f4a2ebccb83c67.jpg" /><span style="font-size: 10pt; color: rgb(129, 129, 129);">ブレークアウト・セッションの様子</span></p>
<p><span style="color: rgb(0, 57, 208); font-weight: bold;">2 日目:</span>University of Macau 教授のShuh-RenJin 博士による、「The Wisdom of TraditionalEastern Cultures in Career Counseling」から。関係性を重んじる東洋的思想と個を重んじる西洋的思想を統合した支援についてお話しされました。文化的背景に対する配慮の必要性を再認識しました。その後前日同様25 以上の発表・ポスターセッションが行われました。</p>
<p><span style="color: rgb(0, 57, 208); font-weight: bold;">最終日:</span>学びの意欲が再燃します。個別発表終了後、いよいよ米国College of William &Mary のSpencer Niles博士が「Hope CenteredCareer Development in Action」についてご講演。支援者が希望を持ち続け、クライエントの行動を支援する大切さを強調されていました。<img style="border: 7px solid rgb(255, 255, 255); box-shadow: 0px 1px 4px rgba(0, 0, 0, 0.3); float: none; margin: 5px 0px 10px;" alt="" src="https://publishers-static.s3.amazonaws.com/magazine_image/343/a1a9f5b70cca4d94a59736d7797634b5.jpg" /><span style="font-size: 10pt; color: rgb(129, 129, 129);">講演されるNiles博士</span><br />
<br />
最後は次年度の事務局Carla Siojo さんが、フィリピンのDVD をノリノリの音楽と共にご紹介され、会場が盛り上がります。Cheri会長の「来年も会いましょう!」という掛け声と共に、閉会しました。</p>
<p>あっという間の3 日間。海外での取り組みや多くの方の情熱に触れるだけでなく、私自身の在り方を振り返る貴重な体験となりました。生の声をお聞きできたからこそ、深い学びができたと確信しています。 <br />
最後になりますが、参加に当たりサポートして下さった関係者のみなさまに感謝申し上げます。ありがとうございました。百聞は一見に如かず。See you in Philippine!<img style="border: 7px solid rgb(255, 255, 255); box-shadow: 0px 1px 4px rgba(0, 0, 0, 0.3); float: none; margin: 5px 0px 10px;" alt="" src="https://publishers-static.s3.amazonaws.com/magazine_image/343/d64bde8cec86404f95093ad7c312c61d.jpg" /><span style="font-size: 10pt; color: rgb(129, 129, 129);">左から筆者、フィリピン大会事務局Carlaさん、APCDA会長Sheriさん、韓国から参加のHwangさん</span></p>
<p><span style="color: rgb(0, 57, 208); font-weight: bold; text-decoration: underline;">最後に</span><br />
<span style="color: rgb(0, 57, 208); font-weight: bold;">JCDA 事務局 佐々木 好</span><br />
今回のAPCDA 台北大会で「日本のキャリアコンサルタント国家資格制度」を中心に、JCDA の事業、CDA の海外展開について、私個人のキャリアビジョンと重ねあわせて発表をさせていただきました。制度に関する情報提供だけでなく、聞いてくださった方の自己概念に何かが響くことを願い心を込めてお話しました。中でも、シンガポールの労働局の方が強い関心を示されていたので、今後の関係を築いていきたいと思います。また、大会期間中、5 月17 日に国立台湾師範大学、20 日に国立台北教育大学にて、現地の大学生を対象とするCDA ワークショップを実施。自己理解を促進する演習を中心に、キャリアとは、経験代謝とは、を楽しく一緒に学びました。講師はCDA インストラクターの今川知子先生、岩渕恵子先生、犬塚尚美(悠木そのま)先生、翻訳・通訳は一般会員の洪俊傑さんにご協力をいただきました。さらに、「キャリアカウンセリングで社会の成熟を促す」というテーマで、立野了嗣理事長とSV の黒木陽子先生に2 日間(3 時間× 2 回)の研修を行っていただきました。本研修は、台湾師範大学、台北教育大学、台湾アドラー心理学会の共催で、台湾の文部科学省にて単位が認められた社会人研修として実施。受講者は約20 名。教員が多く、勤務先の大学でCDA ワークショップを開催してほしいという引き合いもいただいたので、また次回の訪台を計画したいと思います。台湾に限らず、海外在住のCDA とのネットワーク作りにも今後着手いたしますのでどうぞ宜しくお願いいたします。<img style="border: 7px solid rgb(255, 255, 255); box-shadow: 0px 1px 4px rgba(0, 0, 0, 0.3); float: none; margin: 5px 0px 10px;" alt="" src="https://publishers-static.s3.amazonaws.com/magazine_image/343/159a182160a54761877d833c0b1000da.jpg" /><span style="font-size: 10pt; color: rgb(129, 129, 129);">社会人研修時の集合写真。奥左5人目から洪さん、SV黒木先生、立野理事長、佐々木さん。</span></p>
<table style="width: 100%; border-collapse: collapse;">
<tbody>
<tr>
<td><span style="font-weight: bold; text-decoration: underline;">2017年大会は、フィリピン・マニラにて開催!</span><br />
APCDA Country Director 浅賀桃子(CDA137763) 2013 年に初回大会が開催されたAPCDA、5 回目の2017 年大会はフィリピン・マニラにて2017 年5 月22 ?25 日に開催されます。アジア太平洋地域のキャリアカウンセラーがどのような活動を行っているかなど、肌で感じ、情報交換できる絶好の機会です。ご興味をお持ちの方はぜひ、<a href="http://www.asiapacificcda.org/" rel="nofollow">www.AsiaPacificCDA.org </a>をご覧ください。<br />
APCDA はJCDA と提携関係にあり、大会参加の方には15 ポイント、発表者には25ポイントが付与されます。発表者は2016 年11 月28 日まで募集しています。「初めて参加を検討しているが不安」「発表したいけれど大丈夫か」という方がいらっしゃいましたら、APCDA 日本委員会がサポートします。<br />
Japan@AsiaPacificCDA.orgまでご連絡ください。</td>
</tr>
</tbody>
</table><br />
<a title="JCDAホームページ" style="margin: 0px;" href="https://www.j-cda.jp/" rel="nofollow"><img alt="JCDAホームページ" src="https://publishers-static.s3.amazonaws.com/magazine_image/343/72dfb1db84d74987bcfe6174d6719b80.jpg" /></a>2016-11-16T02:34:44+00:00ジャーナル60号 本誌記事 目次
2016-11-16T02:33:58+00:00jcda-journalhttp://j-cda.publishers.fm/editor/594/http://j-cda.publishers.fm/article/13865/
<p><span style="color: rgb(0, 64, 235); font-weight: bold;"><img src="https://publishers-static.s3.amazonaws.com/magazine_image/343/77133f4dde0c4c7b8eb1ac269e938945.jpg" alt="" style="margin-top:0px;margin-right:0px;margin-bottom:0px;margin-left:0px;" />【60号】</span><br />
<span style="font-size: 12pt;">●巻頭特集CDAインタビュー</span><br />
●巻頭特集 災害復興者支援コーナー<br />
~CDA としてできること~VOL.1 避難者支援… …………………………… 2<br />
●経験代謝レポート<br />
~経験代謝と共に生きる~…………………………………………………… 5<br />
●キャリア戦線アラカルト<br />
企業の人材育成におけるキャリア開発の変遷(下)<br />
~企業が直面する環境変化の中でキャリアカウンセリングが果たす役割~……… 8<br />
●支部・地区便り<br />
「北関東支部 埼玉地区便り」……………………………………………… 16<br />
● APCDA 台北大会レポート<br />
アジア太平洋キャリア開発協会 台北大会、初参加!… ………………… 20<br />
●新ピアファシリテーター紹介………………………………………………… 22<br />
●新PF アドバイザー紹介……………………………………………………… 24<br />
● CDQ 掲載論文<br />
中年期における自発的なキャリアチェンジ<br />
―理論横断的モデルとライフスパン・ライフスペースアプローチを統合する(下)……… 26<br />
● JCDA ジャーナル感想文のご紹介… ……………………………………… 35<br />
●会員の著作本のご紹介………………………………………………………… 35<br />
● JCDA 事務局便り<br />
平成28 年度第17 回通常総会及びJCDA 東京大会のご報告… ………………… 36<br />
国家資格化に伴う、JCDA からのお知らせ… ……………………………………… 36<br />
「経験代謝」についてのレポートを募集いたします。… ……………………… 36</p><img style="margin: 0px;" alt="" src="https://publishers-static.s3.amazonaws.com/magazine_image/343/2cd963772a4843d28435f4ba3c4a3580.jpg" />
<p>ジャーナル本誌は、JCDA会員様へ送付しております。<a title="NPO法人日本キャリア開発協会" style="margin: 0px;" href="https://www.j-cda.jp/" rel="nofollow"><img alt="NPO法人日本キャリア開発 協会" src="https://publishers-static.s3.amazonaws.com/magazine_image/343/72dfb1db84d74987bcfe6174d6719b80.jpg" /></a>会員についての詳細は上記リンクより、「会員制度」をご覧ください。<br />
不明点は、お気軽にお問い合わせください。</p>2016-11-16T02:33:58+00:00被災地支援_自分と社会が、自己概念で繋った人生へ
2016-11-10T01:26:51+00:00jcda-journalhttp://j-cda.publishers.fm/editor/594/http://j-cda.publishers.fm/article/13781/
<div style="font-weight: bold;text-align:right">豆野 一彦さん(関西・北陸支部)</div>
<p style="line-break: strict;word-break: normal;">関西北陸支部の豆野でございます。東京大会のナラティブセッションでは、東北震災支援の活動報告の場を頂き誠にありがとうございました。感謝の気持ちでいっぱいです。<br />
2011年3月11日は私の人生の大きな転機となりました。TVから流れる東北の震災の状況を見る度に心がざわざわするのをおさえることが出来ませんでした。この目の前の映像は今まさに現実に日本で起きている事で、傍観者として見ていていいのだろうか、本当に自分は何も出来ることはないのだろうか、自問自答する日々が続きました。そして震災発生の2ヶ月後に、大阪から、被災地へのボランティアバスに勇気をふりしぼって、単身で参加しました。<img src="https://publishers-static.s3.amazonaws.com/magazine_image/343/f64e87867db449bbbdc2571f3537b980.jpg" alt="bus" style="border: 7px solid rgb(255, 255, 255); box-shadow: 0px 1px 4px rgba(0, 0, 0, 0.3); float: none; margin: 5px 0px 10px;" />決めたは良いものの、バス出発の当日は、夜で本当に知らない人の中に入り、また行ったことのない、東北の被災地で何が出来るのだろうか、本当に心細く、不安な気持ち一杯でバスに乗り込みました。しかしバスに乗ってみると、すごくあたたかな、自分の居場所はここだ、ここにいていいんだという、安心安全な場所を非常に感じました。たとえて言うのであれば、指を切ったら、周りからバンドエイドが10個も20個も周りの人達が差し出してくれるようなあたたか場所でした。この非常に居心地の良い感じは以前どこかで経験した事があると強く思いよくよく考えると、小学生時代から中学、高校、大学、を通じて活動していたボーイスカウト時代の事が思い出だされました。社会人になり約30年間、他人と競ったり、争ったりしている中で忘れていた感情でした。そうだ自分は元々、奉仕活動など他人に喜んでもらえる事が好きな人間だったはずだという自己概念にきづきました。<img src="https://publishers-static.s3.amazonaws.com/magazine_image/343/356b2d987ae1425d99080b27290c44a3.jpg" alt="靴" style="margin: 5px 0px 10px; border: 7px solid rgb(255, 255, 255); box-shadow: 0px 1px 4px rgba(0, 0, 0, 0.3);" />それはたとえていうのであれば、靴の左右を反対に履いて、歩きにくい人生を歩んできたこと、そしてボランティアバスに乗った瞬間、その履き違えていた靴が左右ぴったりと一致し、自分と社会とが、自己概念で繋った瞬間でした。まさに繋がりの幸せを実感した瞬間でした。そして自己概念が明確になるとどんどん積極的に行動を起こす様になり、東北へどんどんボランティアへ出かけるようになりました。しかしそこでは、人を支援しようという思いだけでは乗り越える事の出来ない大きな壁にぶち当たりました。それはある被災地の仮設住宅を訪れた際に、被災された方とお話しをしたのですが、年配の方でお話される東北弁がまったく理解できず、多分悲しい話をされているのだろが、どう声をかけて良いのか、さらにうなずいてよいのかさえ分からずいきなり知らないところから来た人間が、お辛かったですねと声をかけることもできず。どう接して良いかわからず途方にくれました。<img src="https://publishers-static.s3.amazonaws.com/magazine_image/343/80f3e0a73d1945d990af1d95970a9f18.jpg" alt="壁" style="border: 7px solid rgb(255, 255, 255); box-shadow: 0px 1px 4px rgba(0, 0, 0, 0.3); float: none; margin: 5px 0px 10px;" />人を支援したくて来たのに、何も出来ない自分に対して、強い無力感を感じました。思いだけでは、人を支援出来ない。やはり知識、ノウハウの必要性を感じました。そして知り合いから教えてもらった、CDAの勉強をし、資格を取らせて頂きました。そして資格をとったあと状況は一変し、被災者の方から話を聴いて欲しいと寄ってこられるようになりました。他のボランティアの方達からは、豆野さんは話を聴くのが上手ですねと感心されるようになりました。そして、26年間勤めてきた仕事も退職し、人の支援をする仕事へと転職しました。<br />
私が5年半にわたり、40回以上訪れた東北震災支援の活動をまとめて見ました。</p>
<ul>
</ul>
<ol>
<li> 震災直後から、約1年間、現地の瓦礫のかたつけや、海岸の清掃。</li>
<li>1年後~、仮設住宅を訪問し、集会場での炊き出し、たこ焼きやそうめん流しなどをして交流。</li>
<li>福島の子供達を、いろいろな地域に招待する、子供保養プロジェクトへの参加。</li>
<li>里帰りバス(関西に避難してされている方々の東北への里帰りバスに同乗し交流。故郷へ送り届け私達ボランティアは現地でボランティア活動をしたのち、里帰りされている方々をピックアップし関西へ戻る活動)</li>
<li>関西への母子避難されている方達の避難者交流会での子供保育。</li>
</ol>
<p style="line-break: strict;word-break: normal;">特に「5.」は母子避難者交流会で、子供達を別室で預かり、保育するのですが、震災当初から1~2年は助成金目当てでNPOが実施していたのですが、助成金が打ち切られるとどこも手を引き、今は豆野が個人的にボランティアで学生を集めやっているだけです。5年の間にはいろいろとあり、本当に何やってるんだろうか?人の役にたっているんだろうかと思う時が多々ありましたが、子供さん達の成長していく姿を楽しみに地道に継続してきました。そしてそこで築いた信頼関係から、ホッとネットおおさか(大阪弁護士会や社会福祉協議会、地方自治体など、100の団体が所属する、避難者支援をする公的団体)が主催する、避難者交流会に、弁護士や司法書士、の相談ブースに交じって、豆野さんがするのならと言うことで、JCDAとしてキャリアカウンセリングのブースを出させて頂き、避難者の方のキャリアカウンセリングをさせて頂きました。私としては、CDAになってから、ずっとやりたいと思っていたのですが、なかなか実現することは難しかったのですが、あきらめず地道に活動してきた結果、これをやりたいがためにCDAとなり、そしてその夢がかなった瞬間でした。<img src="https://publishers-static.s3.amazonaws.com/magazine_image/343/6d425b736e8a4b26a8052b95bed72baa.jpg" alt="夢" style="border: 7px solid rgb(255, 255, 255); box-shadow: 0px 1px 4px rgba(0, 0, 0, 0.3); float: none; margin: 5px 0px 10px;" />そしてさらに、この10月には、大阪で、宮城県主催の避難者交流会で、キャリアカウンセリングブースの出展の依頼が宮城県から正式にJCDAにありました。本当にまだスタートではありますが、JCDAと社会が繋がった瞬間です。CDAのこれからの可能性を強く感じる瞬間でもありました。そして私がCDAになり一番やりたかった事、ずっとずっと、毎日心の中で思い続けてきた事。福島県でピアトレに参加するという夢が先月9月に叶いました。福島地区発足第一回目の地区会でピアトレが実施されました。<br />
そしてそこで、PFとして参加させて頂き、これ以上なにも望む事がないくらいの夢が叶いました。当日は、立野理事長も参加頂き、なんと福島県のCDA60名の内、3分の1の20名が参加頂き、福島地区会の勢いを感じました。そして今までの福島に対する熱い思いを語らせて頂きました。本当に福島は今まだなお、人生の予期せぬ転機をむかえられている方々ばかりで、日本で一番CDAを必要としている地域ではないかと思います。そこで日々がんばって支援されている福島のCDAの方々と出会い、知り合えたことは、最高の幸せです。私は震災の復興支援がしたくてCDAになりました。支援しようという思いだけはなく、知識、ノウハウが大切と思い勉強しました。今思うのは、確かに知識、ノウハウは大切でした、しかし思いがないと知識、ノウハウが生かされない事を実感しました。この思いこそが、CDAの在り方そのものではないかと私は感じます。やろうと思わないと何も変わらない、やってみないと何もはじまらないことにきづきました。CDAになり自己概念が成長しました、そしてこれからも多くのCDAの仲間と成長し続けたいと願います。</p><span style="font-weight: bold;">プロフィール</span>
<table style="border-collapse:collapse;width:100%;">
<tbody>
<tr>
<td style="width: 70px;">筆者</td>
<td>豆野 一彦(まめの かずひこ)</td>
</tr>
<tr>
<td style="width: 70px;">活動場所</td>
<td>大阪、福島、宮城、岩手</td>
</tr>
<tr>
<td style="width: 70px;">活動領域</td>
<td>東北大震災復興支援</td>
</tr>
<tr>
<td style="width: 70px;">活動歴</td>
<td>2011年5月から継続中</td>
</tr>
<tr>
<td style="width: 70px;">その他</td>
<td>豆野 一彦(通称 まめっち)<br />
ファストフード店の店長として、25年間、約1000人の、採用、労務管理、人材育成にたずさわる。退職後、CDAの資格を取得。府立高校の進路指導室でキャリアアドバイザーとして、高校生のキャリア支援。私立大学のキャリアセンターで、学生のキャリア支援を経て、現在、行政機関で、年間約1800件のキャリアカウンセリングを実施。若年者のキャリア支援行う。<br />
311東北大震災発生後、2ケ月から現在まで約40回以上現地を訪れ、仮設住宅での、交流会や、子供保養プロジェクトに参加。また、地元関西でも、関西への避難者の支援を継続実施中。</td>
</tr>
</tbody>
</table><br />
<a rel="nofollow" style="margin-top:0px;margin-right:0px;margin-bottom:0px;margin-left:0px;" title="JCDAホームページ" href="https://www.j-cda.jp/"><img alt="JCDAホームページ" src="https://publishers-static.s3.amazonaws.com/magazine_image/343/72dfb1db84d74987bcfe6174d6719b80.jpg" /></a>2016-11-10T01:26:51+00:00ありたい姿に寄り添って夢を実現する〜女性がより生きやすくなるために〜
2016-11-10T01:30:06+00:00jcda-journalhttp://j-cda.publishers.fm/editor/594/http://j-cda.publishers.fm/article/13797/
<div style="font-weight: bold;text-align:right">関 優子さん(東関東支部)</div>
<p style="line-break: strict;word-break: normal;">みなさん、こんにちは。株式会社キャリア・ジョセフィーヌ代表取締役の関優子です。<img src="https://publishers-static.s3.amazonaws.com/magazine_image/343/3d7d60309e54408bbc821cedfd352393.jpg" alt="seki" style="border: 7px solid rgb(255, 255, 255); box-shadow: 0px 1px 4px rgba(0, 0, 0, 0.3); float: right; margin: 0px 0px 12px 10px;" />キャリア・ジョセフィーヌは、文字通り女性支援の会社として2013年の12月に起業致しました。<br />
その当時は、「女性のキャリア開発?!君、一体何言ってるの?」とどんなに必死に訴えても、なかなか想いが伝わらないこともたくさんありました。<br />
しかし、現在では当時のことが嘘のように「女性が活躍する」ということに非常に注目が集まっています。<br />
「女性が活躍する社会」これを口で言うのは本当に簡単なのですが、それは一体どういうことなのか、私の経験を少しだけお話しさせてください。</p><span style="font-weight: bold; color: rgb(0, 48, 177);">① 日本航空</span><br />
<img src="https://publishers-static.s3.amazonaws.com/magazine_image/343/43f4c19f2762440186511da0dd32b77d.jpg" alt="" style="border: 7px solid rgb(255, 255, 255); box-shadow: 0px 1px 4px rgba(0, 0, 0, 0.3); float: none; margin: 0px 0px 10px;" />
<p style="line-break: strict;word-break: normal;">私はですね、日本航空でフライトアテンダントをしておりました。<br />
皆さんはフライトアテンダントという職業を聞いて、どのような世界をイメージされるでしょうか?<br />
まさに女性が活躍する職場ですから、「女性が社会で活躍する」お手本のような企業だと思っていました。実際に日本航空に新入社員で入ってみて、本当に良い会社だと思いました。<br />
しかし、結婚出産を経て、1年で職場に復帰してみると、事情が少し違うことに気が付いたんです。<br />
例えば、ある夜、息子がぐったりしているので急いで熱を測ってみると、40度以上の高熱が出ていました。<br />
かかりつけの小児科ももうやっていない、ファミリーサポートさんにも連絡がつかない。救急夜間外来に駆けつけたいけれど、あと2時間後には乗務しなければならない、どうしようと。<br />
真っ先に思い浮かんだのは、仕事なんかほったらかして、子供のそばにいたいと思いました。<br />
けれども、ご経験がおありの方もいらっしゃると思いますが、実際に子供の病気を理由に仕事を休むのは本当に勇気がいることなんです。<br />
自分が休むことで周りの方々にも大きな迷惑をかけてしまう。フライトアテンダントという仕事も誰かに代わってもらうことも容易ではありません。挙げ句の果てに、「これだから子供を持つ人は・・・」なんてことを言われたものなら心だって折れてしまいます。結局この時は葛藤しながらも、なんとか、折り合いをつけてもらって実家の母にお願い出来ましたが、フライトしていても息子のことばかりが頭をよぎります。私はシングルマザーなので、息子がこんなにしんどそうにしているのに置いていく、私はなんてダメな母親なんだろう。本当に心が引き裂かれる思いでした。<br />
そうしたことが重なって、いづらくなって辞めていく先輩方も見送ってきました。<br />
つまり、女性が活躍するその陰では目に見えない重圧ですとか、大きなプレッシャーと戦っている現状があるんだと思います。<br />
JALといういろいろな制度や施策が整っている企業であったとしても女性が自分らしく輝くということは、なかなか上手くいかない現状がそこにはありました。</p><span style="font-weight: bold; color: rgb(0, 48, 177);">② 兄の死</span><br />
<img src="https://publishers-static.s3.amazonaws.com/magazine_image/343/d32b4f5608bb42e49978b31102279ea5.jpg" alt="兄の死" style="margin: 0px 0px 10px; border: 7px solid rgb(255, 255, 255); box-shadow: 0px 1px 4px rgba(0, 0, 0, 0.3);" />
<p style="line-break: strict;word-break: normal;">仕事でも自分らしく輝けない中で、追い打ちをかけられるように、ある一本の電話が突然鳴ったんです。<br />
唯一の兄弟である兄が急遽入院することになったという父からの電話でした。<br />
父は電話口で泣いていました。</p>
<p style="line-break: strict;word-break: normal;">兄は末期の悪性リンパ腫で、もう助からないと言われました。<br />
私は、兄が大好きだったので・・・どうしても・・遠くへ行って欲しくなかった。<br />
そこで私は駆けつけた病院で1つの約束をしました。それは、「弱音を吐かず、最後まで頑張り抜くこと」というモノでした。この約束が、後に兄をすごく苦しめる結果となりました。<br />
兄の病状はドンドン悪化していくのですが、兄は約束を守って決して弱音を吐くことはありませんでした。<br />
それは兄として、私や家族を大切に想っての事だったのかもしれません。<br />
最期の時に消え入りそうな声で、「ごめんな。もうダメなんだ・・・・。」という一言を残して、兄は意識を失いました。・・・・唯一の弱音はそれだけでした・・・。<br />
その様子を見て、私はハッとしました。<br />
なんてひどいことをしてしまったんだろう。</p>
<p style="line-break: strict;word-break: normal;">兄は最後まで頑張り抜きました。<br />
だけれども、もしかしたら弱音だって吐きたかったのかもしれない。厳しい投薬治療だってやりたくなかったのかもしれない。もしかしたら私の為に頑張ってくれていただけなんじゃないか。<br />
本当ならば、私が兄の心の中の声を聞いて、兄がしてほしいこと、必要なことに耳を傾けなければならなかったのに、逆に兄に気を使わせてしまっていた。<br />
わたしはただ単に、自分のエゴを兄に押し付けていたんだと強く思いました。<br />
今でもすごく後悔しています。<br />
ですから私は決心したんです。<br />
自分の人生をかけて、誰かのために寄り添って生きたいと。<br />
相手の本当にしたいこと、ありたい状態それに寄り添って、そう出来るようにサポートしていきたい。そう、思って日本航空をやめて、CDAになりました。<br />
それからたくさんの方に出会って、いろんな方に寄り添ってサポートしてきました。</p><span style="font-weight: bold; color: rgb(0, 48, 177);">③ 女性支援カウンセリング</span><br />
<img src="https://publishers-static.s3.amazonaws.com/magazine_image/343/402f21fcf7d54ce8945d11e6133e3623.jpg" alt="" style="margin: 0px 0px 10px; border: 7px solid rgb(255, 255, 255); box-shadow: 0px 1px 4px rgba(0, 0, 0, 0.3);" />
<p style="line-break: strict;word-break: normal;">その中でつい先日、非常に印象深い方のカウンセリングをさせていただきました。最後にその女性の話を一つさせていただきたいと思っています。<br />
その方は、仮名ですけど加藤さんと言います。<br />
加藤さんは私のところに訪ねてこられて非常に緊張したご様子でした。<br />
そして私はいつものようにキャリアカウンセリングをし、その中で「何か夢はありますか?」と聞いたんです。<br />
そしたらどうなったかって言いますと、加藤さんは、「夢?私が夢を持ってもいいんですか?」と怒り始めたんです。いやいや怒らなくてもいいじゃないですか。あの、もし夢があればあのおっしゃってください。無ければ無かったでいいんです。それは、私が持て。とかこうであれということではないんで、もしなりたいことがあれば言ってください。って言ったんです。<br />
でも彼女は頑なに「私が夢を持つなんて考えてることもないです」と怒ったままなんですね。<br />
で私は、「まあまあ。そう言わずに。」と言いながらも一旦受け止めて、その日はそれで一通りお話をお伺いして帰って頂きました。<br />
で、「まー。難しいな。」キャリアカウンセリングはと。人様に気付きや何かこう希望を見出す促しというのは本当に難しいな。と思っていたんですけれども・・・。<br />
あの、その女性 なんと腑に落ちていなかったにもかかわらず2回目も訪ねて来られたんですね。<br />
で、彼女こう言うんです。<br />
「先生、私、あのまだ自分の夢を持っていいのかよく分からないんですけど、やりたいことがあります」<br />
「やりたいことって、何ですか?」とお伺いしたら、「子どもたちと関わっていくそういう仕事がしたいんです。ま、仕事って言うと大げさかもしれないんですけれど、何かそういうことをちょっとでもやっていきたいと思っています」<br />
「加藤さん、素晴らしいじゃないですか。例えばどんなことですか?」<br />
私はそのあと、方向性を一つずつ確かめる仕事をさせていただきました。<br />
その提案させていただいた一つに、幼児教育のボランティアというものがありました。<br />
最初は「私にできるかしら」とご不安もあったようですが、話をしているうちに挑戦してみたい!という思いに変わり、そして彼女は今、非常に明るくて生き生きとされた様子で幼児教育のボランティアをされていらっしゃいます。</p><span style="font-weight: bold; color: rgb(0, 48, 177);">【最後に・・・。】</span><br />
<img src="https://publishers-static.s3.amazonaws.com/magazine_image/343/05f0f85875bd4cf2ac386cf3f25354f0.jpg" alt="最後に" style="border: 7px solid rgb(255, 255, 255); box-shadow: 0px 1px 4px rgba(0, 0, 0, 0.3); float: none; margin: 0px 0px 10px;" />
<p style="line-break: strict;word-break: normal;">私は最初にお話しさせていただきましたように仕事もプライベートも上手くいく事が出来ませんでした。振り返ってみると、当時、私は本当に孤独でした。<br />
苦しくて もがいていたのにも関わらず、誰にも相談することが出来ずに、一人きりで必死に抱え込んでいました。<br />
もし、そんな時に誰かがそっと寄り添ってくれて、心の中の本当の声を聞いていてくれていたとしたら、加藤さんのように、自然と一歩ずつありたい姿に向かって進んでいくことが出来たんじゃないか、兄にも寄り添えたんじゃないか、と思うんです。<br />
「女性が社会で活躍しよう」とすると、目に見えない重圧やプレッシャーが少なからずのしかかってくる、ということも事実だと思います。<br />
それは男性女性どちらにもあると思うんですが、子育てなどの問題もあって、より女性の方がその重圧を強く感じてしまう傾向にある。そうすると本当に言いたい事を言えなくなって、やりたいこともやれなくなって諦めていってしまう。<br />
そんなときに、声を出してもいいんだよ。誰かに寄り添ってもらうことで、社会の中でもう一度立ち上がろうと一歩踏み出すことが出来るんだと思うんです。<br />
そのためにはパートナーが必要で、それが私達CDAなんだと思います。<br />
女性が社会で活躍する、その側には、よりたくさんのキャリアカウンセリングの機会が必要なんだと思います。一人一人女性がどうありたいかっていうのは違うと思うんですけれど、そのありたい姿に寄り添って、夢を実現出来るを社会を作っていきたい。と私は思っています。<br />
そういうことを通して、女性がより働きやすくそして女性だけではなく、全ての人が自分のやりたいこと、そして加藤さんのようにありたいようになって明るく人生を生きられること、そういうことを目指してみなさんと一緒に仕事ができたら、と思っています。そんな素敵な明るい社会を作っていきましょう。<img src="https://publishers-static.s3.amazonaws.com/magazine_image/343/363a0d67e9864db29bc88acb16438164.jpg" alt="明るい社会" style="border: 7px solid rgb(255, 255, 255); box-shadow: 0px 1px 4px rgba(0, 0, 0, 0.3); float: none; margin: 5px 0px 10px;" /></p>株式会社キャリア・ジョセフィーヌ<br />
<img src="https://publishers-static.s3.amazonaws.com/magazine_image/343/07ed78e9030840fb8c3c02d268f6ee88.jpg" alt="株式会社キャリア・ジョセフィーヌ" style="margin: 0px 0px 10px; border: 7px solid rgb(255, 255, 255); box-shadow: 0px 1px 4px rgba(0, 0, 0, 0.3);" /><br />
<img src="https://publishers-static.s3.amazonaws.com/magazine_image/343/ad7de1c2915949988ce92c91aaebcad9.jpg" alt="株式会社キャリア・ジョセフィーヌ_2" style="float: none; margin: 0px 0px 10px;" />
<table style="border-collapse:collapse;width:100%;">
<tbody>
<tr>
<td style="width: 70px;">筆者</td>
<td>関 優子(せき ゆうこ)</td>
</tr>
<tr>
<td style="width: 70px;">活動場所</td>
<td>株式会社キャリア・ジョセフィーヌ</td>
</tr>
<tr>
<td style="width: 70px;">活動領域</td>
<td>女性支援</td>
</tr>
<tr>
<td style="width: 70px;">活動歴</td>
<td>2013年12月〜</td>
</tr>
</tbody>
</table><br />
<a rel="nofollow" style="margin-top:0px;margin-right:0px;margin-bottom:0px;margin-left:0px;" title="JCDAホームページ" href="https://www.j-cda.jp/"><img alt="JCDAホームページ" src="https://publishers-static.s3.amazonaws.com/magazine_image/343/72dfb1db84d74987bcfe6174d6719b80.jpg" /></a>2016-11-10T01:30:06+00:00【 キーパーソン21】~子どもたちのわくわくエンジンを引き出す~
2016-11-10T01:30:22+00:00jcda-journalhttp://j-cda.publishers.fm/editor/594/http://j-cda.publishers.fm/article/13780/
<div style="font-weight: bold;text-align:right">本田 律さん(北関東支部)</div><img src="https://publishers-static.s3.amazonaws.com/magazine_image/343/5f822934831c499cb22f5c23563c14e9.jpg" alt="本田律さま" style="float: right; margin: 5px 0px 10px 10px; border: 7px solid rgb(255, 255, 255); box-shadow: 0px 1px 4px rgba(0, 0, 0, 0.3);" />
<p style="line-break: strict;word-break: normal;">JCDA東京大会でもお話ししましたが、僕には野望があります。<br />
その野望とは、「日本の社会を変えたい!」「すべての人が、自然に、自分らしく、いきいきと、人生を送ることができる社会を実現したい」というものです。<br />
僕がそういう思いを持つに至ったきっかけは、大きく三つあります。</p>
<p style="line-break: strict;word-break: normal;"><span style="font-weight: bold; color: rgb(0, 48, 177);">《活動を始めるに至った動機・きっかけ》</span><br />
一つ目は、自社の採用面接で会ってきた大学生たちです。<br />
僕は長年、企業内で採用担当をしていたため、数多くの大学生の面接をしてきました。そして、自分に自信がない、自分のことを自分の言葉で話すことができない、そんな大学生があまりに多いことに問題意識を持っていました。就職活動の間際になって慌ててキャリアを考え始めるのではなく、もっとずっと早い時期から、自分のことを理解し、適切な自己効力感を持って様々な経験を積んでいくことの大切さを感じていました。</p>
<p style="line-break: strict;word-break: normal;">二つ目は、当時高校1年生だった娘の存在です。<br />
高校で文理の選択に悩んでいた娘に、将来やりたいことやなりたいものを聞いたところ、なりたいものどころか、好きなものや興味のあるものも分からないと…。これはショックでした。<br />
娘には何か夢中になるものを見つけてもらいたいと思い、ピアノ、テニス、習字など、様々な習い事をさせてきました。しかし、本人が心から楽しいとか、やりたいと思っていたことは何一つなく、単なる親の自己満足だったのです。<br />
面接で会ってきた大学生のことを憂いていましたが、わが娘もこのままなんとなく大学に入り、なんとなく就職活動を始めたら、きっと僕が会ってきた大学生のようになることでしょう。大学生も、わが娘も、決して特別ではない。同じような子どもたちは世の中にたくさんいる…。<br />
若いうちから自分の好きなことを見つけ、大切にしていることに気づき、やりたいことやなりたいものを思い描くことの大切さを強く認識しました。</p>
<p style="line-break: strict;word-break: normal;">三つ目は自分自身の経験です。<br />
大学生やわが娘のことを批判的に書いてきましたが、実は僕自身、自分と深く向き合ったのはCDAの勉強を始めてから後のことでした。それまでの40数年の人生で、自分は何を大切にし、何をやりたいと思っているのか、深く考えたことがありませんでした。<br />
目の前のやるべきことをやるだけで生きてきたため、初めて自分と向き合ったとき、どうすればよいのか分からず、大いに悩み、揺らぎ、迷いました。第二の僕を作り出さないためにも、できるだけ早いうちから自分と向き合い、自分を理解することが大切だと強く感じました。</p>
<p style="line-break: strict;word-break: normal;">こうした様々な思いを持ちながら、自分のこれからのあり方に悩み、迷い、もがいているときに出会ったのが、小中高生のキャリア教育を行っているNPOのキーパーソン21だったのです。代表の朝山あつこさんは、講演の中でこう言いました。</p>
<p style="line-break: strict;word-break: normal;">一人ひとりの子どもを認め、「わくわくエンジン®」―誰もが持っているわくわくして動き出さずにいられない原動力のようなもの―を引き出してあげることが、私たち大人の役割である。「わくわくエンジン®」を見つけた子どもは自分自身を信じることができるようになる。のびのびと主体的に行動していくようになり、失敗してもくじけてもやり直せる絶対的なパワーが生まれてくる。なぜならそれは、本当の自分だから。</p>
<p style="line-break: strict;word-break: normal;"><img src="https://publishers-static.s3.amazonaws.com/magazine_image/343/495fb149d4a04dda9f8d21bdabe6a6fc.jpg" alt="本田律さん2" style="float: left; margin: 0px 10px 10px 0px; border: 7px solid rgb(255, 255, 255); box-shadow: 0px 1px 4px rgba(0, 0, 0, 0.3);" />「これだ!」と体中に電流が走りました。朝山さんの言葉は、僕の問題意識にぴったりフィットしていました。その場で会員になることを決め、すぐさま活動をスタートさせました。</p><br />
<br />
<br />
<p style="line-break: strict;word-break: normal;"><span style="font-weight: bold; color: rgb(0, 48, 177);">《キーパーソン21の事業・活動紹介》</span><br />
僕が自分の思いを実現するための場として選んだキーパーソン21の事業・活動をご紹介します。<br />
キーパーソン21では、子どもたち一人ひとりが個性や多様性を認め合い、自信を持って自分らしく生きる力を育むために、地域の大人が全力で子どもたちの成長を支える活動をしています。<br />
(詳しくは、キーパーソン21のホームページをご覧ください。<a href="http://www.keyperson21.org/" rel="nofollow">http://www.keyperson21.org/</a> )</p>
<p style="line-break: strict;word-break: normal;"><span style="font-weight: bold; color: rgb(0, 48, 177); text-decoration: underline;">■学校で行うプログラム 「夢!自分!発見プログラム」</span><br />
「自分を知り、社会を知り、自立する」をテーマに、子どもたちの生きる力を育むオリジナルのキャリア教育プログラムです。先生でも保護者でもない社会人との出会いの中で、 子どもたちが将来の仕事や生き方を考え、本当に大切にしたいことに気づき、主体的に人生を選択して動き出す力を育みます。<br />
「おもしろい仕事人がやってくる」「すきなものビンゴ&お仕事マップ」「コミュニケーションゲーム」「かっこいい大人ニュース」「個別アクションプログラム」という5つのプログラムを基本に、学校との打ち合わせにより実施内容を作り込んでいきます。そして、各コースのわくわくナビゲーター(※)養成講座を受けた会員の社会人や大学生、協賛企業の社員の方々等が、チームを組んで小中学校や高校に伺い、授業時間等を使ってプログラムを実施します。<br />
2000年12月の団体設立から2016年8月までの15年余りで、のべ35,679名の子どもたちにプログラムを提供してきました。<br />
※「夢!自分!発見プログラム」のファシリテーターのことを、キーパーソン21では「わくわくナビゲーター」と呼んでいます。</p>
<p style="line-break: strict;word-break: normal;"><span style="font-weight: bold; color: rgb(0, 48, 177); text-decoration: underline;">■個人向けプログラム 進路決定サポートプログラム「solo-solo」</span><br />
子どもたちが自分自身の将来をしっかり考え、未来への一歩を踏み出す意欲を持てるよう、一人ひとりを支援する個別対応の進路決定サポートプログラムで、学校で実施しているプログラムを個人に対しても提供して欲しいという声から生まれました。高校生を主な対象として、自分の中で一番大切にしたいこと「わくわくエンジン®」に気づき、自分の将来のために具体的なアクションを起こすことをサポートしています。</p>
<p style="line-break: strict;word-break: normal;"><span style="font-weight: bold; color: rgb(0, 48, 177); text-decoration: underline;">■学習支援・居場所づくり</span><br />
教育環境に恵まれない生活保護受給世帯の子どもたち、貧困家庭の子どもたちのあきらめ感を払拭し、自分を活かして自立したいという気持ちを育むには、自分のやりたいことを考える力、それを実現したいと思う意欲や目的意識を引き出す教育が必要です。すべての子どもたちに教育環境を提供することが貧困の連鎖を断ち切るセーフティネットだと考え、川崎市からの委託事業とキーパーソン21の自主事業という2つの形態で「学習支援・居場所づくり」を運営しています。<br />
安心して通える家庭的な雰囲気の中で、親でも先生でもない「地域の大人」がサポーターとなり、学習面だけでなく、一人ひとりの子どもたちの未来づくりを支援しています。</p>
<p style="line-break: strict;word-break: normal;"><span style="font-weight: bold; color: rgb(0, 48, 177);">《キーパーソン21での私の活動と今後の展開》</span><br />
このようなキーパーソン21という活動の場を得て、実際に僕がどのように活動してきたか、そして今後どのように活動を展開しようとしているかをご紹介します。</p>
<p style="line-break: strict;word-break: normal;">学校で行う「夢!自分!発見プログラム」には、平日に有給休暇を取ったり、会社を早退したりして、年間10回程度、わくわくナビゲーターやサポーターとして参加しています。なかでも僕が好んで参加しているのは、定時制高校での進路選択をサポートする「個別アクションプログラム」です。子どもたちが初めて会う大人の僕に、複雑な個人の事情や家庭環境、自分の密かな思いなどを包み隠さず話してくれ、一緒に「わくわくエンジン®」や将来やりたい仕事について考えていきます。<img src="https://publishers-static.s3.amazonaws.com/magazine_image/343/007ac487034d480184d2f745e0e43788.jpg" alt="本田律さん3" style="float: right; margin: 5px 0px 10px 10px; border: 7px solid rgb(255, 255, 255); box-shadow: 0px 1px 4px rgba(0, 0, 0, 0.3);" />自分の大切にしていることをぴったりの表現で言語化できたときの子どもたちのすっきり晴れやかな表情…。これはクセになります。<br />
また、個人向けの進路決定サポートプログラム「solo-solo」においても、親子一緒の三者面談形式で「わくわくエンジン®」探しと将来へ向けた具体的なアクションプラン作りのサポート、及びアクション後のフォロー等を行っています。学校と違い、一人の子どもに集中して向き合えること、親子で話し合うため親子の相互理解にも関われること、親御さんの気づきにもつながることなどから、こちらもとてもやりがいのあるプログラムです。<br />
このようにファシリテーターやカウンセラーとしての立場で個別の活動に関わるほかにも、僕の思いを実現する場である団体の組織力を高め、世の中に対する影響力を高めるという観点から、様々な取り組みをしてきました。勤め先の制度を利用して、会社から団体への寄付金を拠出してもらいました。また、一人でも多くの方にキーパーソン21の考え方や活動に共感・賛同して、寄付をしていただいたり、会員になっていただくために、とにかくいろんな場でキーパーソン21を紹介しまくっています。JCDA東京大会でのスピーチも今回の原稿執筆も、できるだけ多くのCDAの方々にキーパーソン21のことを知っていただきたいという思いから手を挙げました。<br />
そして、会員による組織課題解決のための自主活動も始めました。志を持って会員になったにも関わらず、思うような活躍の場が得られなかったり、団体の一員としての一体感を感じられず、残念ながら退会してしまう方々も少なからず存在します。一方、団体は、活動資金集め、新事業展開、IT化への対応など、常に多くの課題を抱えていますが、少人数の事務局職員だけではリソース不足で、これらの課題に十分に対応することができません。そこで、その二つを結びつけることにしました。会員は「学校現場に行く」とか「寄付をする」以外に、自分のスキルやネットワークを生かして団体の活動に貢献できる選択肢が増えました。団体は多彩な経験を持つ会員の力を活かして、組織課題を前進させることができるようになりました。現在では、「ファンドレイジング」「会員共感度向上」等の課題別に8つのチームが編成され、チームごとに課題解決のための活動を展開しています。</p>
<p style="line-break: strict;word-break: normal;">僕はこのような活動を続けていく中で、「キーパーソン21の社会的ミッションを共に実現し、日本の社会を変えたい」と本気で思うようになりました。この思いを実現したいがために、一メンバーとして活動に参加するにとどまらず、より主体的・能動的に他のメンバーや組織全体を巻き込んで活動することが増えていきました。<img src="https://publishers-static.s3.amazonaws.com/magazine_image/343/4c4db1d03fd3420ea3e1dbb14a5370b7.jpg" alt="本田律さん4" style="border: 7px solid rgb(255, 255, 255); box-shadow: 0px 1px 4px rgba(0, 0, 0, 0.3); float: left; margin: 5px 10px 10px 0px;" />これからも、自分や家族の生活のために本業の仕事をしっかりやりつつ、ダブル・ワーク、パラレル・ワークの形で、自分の持てるかぎりの力を注いで、キーパーソン21に関わっていきたいと考えています。<br />
これまで東京や神奈川が中心だった活動エリアは、会員の広がりに伴って全国へ拡大しようとしています。子どもたちが中心だった支援対象も、親や大学生、若手社会人へと広がりを見せつつあります。考え方の近い個人や団体と協力・連携する機会もどんどん増えてきています。これからも、より多くの志を同じくする仲間とともに、より多くの人に「わくわくエンジン®」を見つけ、育んでもらう活動を継続し、「すべての人が、自然に、自分らしく、いきいきと、人生を送ることができる社会を実現する」という野望を成し遂げたいと思います。なぜならそれが、僕の「わくわくエンジン®」だから。</p><span style="font-weight: bold;">プロフィール</span>
<table style="border-collapse:collapse;width:100%;">
<tbody>
<tr>
<td style="width: 70px;">筆者</td>
<td>本田 律(ほんだ りつ)</td>
</tr>
<tr>
<td style="width: 70px;">活動場所</td>
<td>主に東京都・神奈川県等の首都圏地域</td>
</tr>
<tr>
<td style="width: 70px;">活動領域</td>
<td>小中高生、大学生のキャリア教育、キャリア意識の醸成</td>
</tr>
<tr>
<td style="width: 70px;">活動歴</td>
<td>約3年間</td>
</tr>
<tr>
<td style="width: 70px;">その他</td>
<td>企業に勤めながら、ダブル・ワーク、パラレル・ワークの形で行っている活動です</td>
</tr>
</tbody>
</table><br />
<a rel="nofollow" style="margin-top:0px;margin-right:0px;margin-bottom:0px;margin-left:0px;" title="JCDAホームページ" href="https://www.j-cda.jp/"><img alt="JCDAホームページ" src="https://publishers-static.s3.amazonaws.com/magazine_image/343/72dfb1db84d74987bcfe6174d6719b80.jpg" /></a>2016-11-10T01:30:22+00:00東日本大震災での経験と学び、CDAとしてできること
2016-08-26T05:58:19+00:00jcda-journalhttp://j-cda.publishers.fm/editor/594/http://j-cda.publishers.fm/article/13014/
<div style="font-weight: bold;text-align:right">平田 千早子さん(東北支部)</div>
<p style="line-break: strict;word-break: normal;">東日本大震災(以下、震災と表現する)から5年が経ちました。<br />
被災者である私は予期しない出来事に遭遇してしまった時に、CDAとしてどのような行動をとり、どのような支援をしたのか、このタイミングで振り返り、CDAの皆様のヒントになればとの思いを込めて、私の経験をお話させていただきます。<br />
今現在でも、日本各地では、震災後も自然災害の被害に遭われている方々が数多くいらっしゃいます。近いうちに再び大地震がやってくるという予想も聞かれます。そんな中でもCDAとし人々から頼りにされる機会があるはずです。少なくとも、私はその経験をした一人です。</p>
<p style="line-break: strict;word-break: normal;">まず、最初に私のプロフィールをお話しします。<br />
2008年にCDAの資格を取得しました。自分が当時関わっていた不登校児童生徒が社会人になり、よいサポートが出来ないかという一つの指針を求めての挑戦でした。また、自分自身も、1年間の契約更新での教育職という不安定な立場でした。契約更新の期限は決まっていませんでしたが、毎年、年末年始は不安を抱えていました。そして、その仕事も5年目の2月末に次年度は契約を更新しないという旨の通知を受けました。予想外の出来事でしたので慌てふためいた私は、片っ端から「・・・相談所」「・・・労働問題なんとか」という相談機関に電話をしました。ある機関から「1ヶ月前の通知ですよね。何も問題はありません」と言われ愕然としました。後で聞くと様々な対応方法はあったということを知りました。でも、私が一番心に引っかかったのは、「知識や制度を知らない」ということよりも、マニュアル的な電話の応対がいつまでも耳に残りました。そのタイミングで、CDAという資格を知り、学んでみたいということに至ったのです。今振り返ると、この出来事が、後にCDAとしてクライエントの方々に対応する時に、クライエントの気持ちにまず寄り添うという、私の一つの大きな軸になっています。</p>
<p style="line-break: strict;word-break: normal;">震災の話に戻ります。私の生活拠点は宮城県です。直接地震被害はありましたが震災から1か月後には元の生活に戻ることが出来ました。しかしながら、実家は岩手県の沿岸部です。この地域名をお聞きになってピンとくる方も多いと思いますが、津波で実家は流されました。<img style="float: right; margin: 5px 0px 5px 10px;" alt="震災直後" src="https://publishers-static.s3.amazonaws.com/magazine_image/343/9baf3c885d374587a46e7015d17f991c.jpg" />実家の家族や親戚を含め無事でしたが、ある意味夢のような数日間を過ごしました。日本の現状として、高校を卒業して、大学や就職で首都圏で離れて生活している方は多いと思います。家族が、離れて暮らすということで不安も助長されてしまうことは目に見えています。また、災害直後だけではなく、生活拠点をいずれかが失ってしまった場合は、様々な選択を短時間で決めなければいけないという場面があります。直接面と向かって相談できればよいのですが、交通機関も寸断された場合などは話し合いもままならないという厳しい現実があります。そのためにも、折を見て、離れている家族は、緊急に備えての話し合いをしておくことの必要性を感じました。</p>
<p style="line-break: strict;word-break: normal;">さて、震災から数日間、時間は動いているのですが、自分が何をすればよいのか、自分の体が動かないという不思議な感覚になりました。その後は、マズローの欲求階層を底辺の部分である生理的欲求を満たすためのアクションを起こしました。「食べ物」「ライフライン」「ガソリン」の確保など。それと同時に、身内の安否確認をしました。唯一、岩手の実家の母とだけ連絡がつかず安否がわからないという不安な時間でもありました。(その後、無事が確認されました)</p>
<p style="line-break: strict;word-break: normal;">そんな渦中で、私を現実に引き戻してくれたのが一本の電話でした。以前に登録していた人材派遣会社からの安否確認でした。大手の会社でしたので本社からの指示なのかマニュアルがあったのかは定かではありませんが、社会人としての立場であるということにハッとしました。まさに、スーパーのライフレインボーの様々な役割の気づきでした。<br />
余談になりますが、大切なことをお話しします。当時、ガソリン不足でしたので多くの人が遠出の外出を控えました。多くのライフラインは途絶えました。そのような状況で、携帯電話で数多くと情報交換をしていました。とにかく、情報がないということは不安を助長させます。皆様も、ご存知の通りTV、ラジオ、新聞の情報、加えてSNSの発信は、より身近な情報を得るのにかなり有効でした。やはり、情報を得るツールは普段から複数確保しておく必要があります。</p>
<p style="line-break: strict;word-break: normal;">CDAとして震災直後のエピソードを2つお話しします。<br />
1つ目は、震災から1週間が経過し、1本の電話が鳴りました。「CDAの資格もってるよね。相談したいんだけど」という友人からでした。<br />
フリーランスで働いていた友人は、震災で活動場所を失くし、今後の自分の仕事についてどうするべきか悩んでいるという内容でした。相手の気持ちに沿いながら話を聞き、助言をさせて頂きました。現在、友人はその時に考えたことを実行に移し、現実のものにしています。後で、聞いた話では、なぜ、電話をくれたかというと、仕事のこと、将来のことで悩んでいたの時に、CDAの資格を取得したという私の会話を思い出したのだそうです。そこから、名刺を探し連絡をくれたということでした。名刺に取得資格を表記したことが功を奏した事例です。<br />
名刺に関しては様々な分野の方々から多く活用したという話は聞きました。クライシスな事態が起こった場合、文字を見るという視覚に入る情報は、耳から聞く聴覚の情報よりも冷静にしてくれます。後に、聞いた話ですが、名刺を頼りに被災地の多くの方が支援につながったようです。</p>
<p style="line-break: strict;word-break: normal;">2つ目は、失業失職した人達に、再就職の支援をする場での出来事です。<br />
帰り際にある人に声をかけられました。「さっきの話で、面接を受ける時はスーツで行くようにお話しされていたのですが、洋服は津波ですべて流されました。どうしたらいいんですか・・・」。この言葉で、CDAとしての自分の配慮のなさと、就職支援がマニュアル化してしまっている対応になっているかもしれないとう反省に繋がりました。予期しない出来事を乗り越えるためには、状況を見なければならないということです。それから、1週間後、求人情報誌の所々の会社の募集要項に「面接の服装はスーツでなくても可」という文字がみられるようになりました。</p>
<p style="line-break: strict;word-break: normal;">まとめると、①CDAという資格を世間の方に理解して頂くために、自ら資格取得者はそれを広める機会を持つこと。それが、いつ誰の役に立つかわからない。②クライエントの置かれている状況をよく見て、理解しようと心がけること。<br />
以上2点が私の震災直後にCDAとしてエピソードから学んだことです。</p>
<p style="line-break: strict;word-break: normal;">CDAとして、震災を経験してから実践したことについて話します。<br />
震災後、日本のみならず世界から様々な支援が届き始めました。物的支援、人的支援本当にありがたく思い、感謝の気持ちでいっぱいでした。被災者として、自分はこのまま支援される側で良いのかという思いが強くなりました。</p>
<p style="line-break: strict;word-break: normal;">私は津波で変わり果てた自分の故郷に何かしたいと考えました。「被災者のキャリア支援」「仮設住宅に住む方々のサロンに出向き話しを傾聴する」「被災地の子どもについての調査研究」どれも、自分の心を動かすものはありませんし、もうすでに現地で活動を開始している人々や団体がいらっしゃったので、そこは躊躇しました。そこで、一つのセミナーに出合いました。ある仙台市の外郭団体が企画した「美しい東北の未来創造塾」といセミナーです。そこには、同じ思いをした女性たちが多く集いました。実践者の話を聞き、企画を考え、被災地にフィールドワークを通して大きな刺激を受けました。</p><img style="float: none; margin: 0px 0px 10px;" alt="地域の未来について話し合う女性たち" src="https://publishers-static.s3.amazonaws.com/magazine_image/343/69719a90046e49b288f467e09395a746.jpg" />
<p style="line-break: strict;word-break: normal;">その学びの中から生まれた企画が「コミュニティーガーデン作り」です。この企画を実現させたく、故郷に残る友人達に話したところ、「自分も何かしたいと思ったけれどもどう動いていいかわからない」という声を聞きました。被災者は被災者であっても、自分も地域に貢献したいという思いは私だけではなかったのだと強く実感しました。そして、有志数名で「東北コミュニティーガーデン推進研究会」を立ち上げました。ご縁があって、アドバイザーの方や園芸家のかたの協力も得ることが出来ました。<img style="float: right; margin: 5px 0px 0px 10px;" alt="" src="https://publishers-static.s3.amazonaws.com/magazine_image/343/d9e86223c9f24a628a368c381c504c89.jpg" />このガーデンの設立目的としては、ガーデン作りをしながら、被災者の方の語らいの場所にしたいこと、町全体が津波被害を受けているので「色」がないのです。その場所に花を咲かせて、地域の皆様の心を癒したいという思いからです。企画を進めていく中で、助成金を活用するということを知り、申請の方法も学びました。助成金の支援団体として選ばれました。あの時は、本当に助かりました。それも、学び、情報や知識がなければできなかったことです。</p>
<p style="line-break: strict;word-break: normal;">終わりに。</p>
<p style="line-break: strict;word-break: normal;">震災という悲しい出来事に出会いました。しかし、その中でも学びはありました。この経験を無駄にしたくないという思いは強いです。そんな中、私の体験を皆様にこのような形でお話しできることを本当に感謝いたします。震災から5年。CDAとして、私はあの時の教訓を忘れずに、自分がCDAということを初めて出会う方にはアピールするようにしています。また、CDAとは、どのような資格であるのかということを説明しています。ささやかな活動ですがそのことは、いつかどのような形になるかわかりませんが誰かに貢献できるということを確信しているのです。</p><span style="font-weight: bold;">プロフィール</span>
<table style="border-collapse:collapse;width:100%;">
<tbody>
<tr>
<td style="width: 70px;">筆者</td>
<td>平田 千早子</td>
</tr>
<tr>
<td style="width: 70px;">活動場所</td>
<td>東北</td>
</tr>
<tr>
<td style="width: 70px;">活動領域</td>
<td>学生支援・女性支援</td>
</tr>
<tr>
<td style="width: 70px;">活動歴</td>
<td>子ども支援(主に不登校児)、学生支援(スクールカウンセラー、大学助教として)、女性支援</td>
</tr>
</tbody>
</table><br />
<a rel="nofollow" style="margin-top:0px;margin-right:0px;margin-bottom:0px;margin-left:0px;" title="JCDAホームページ" href="https://www.j-cda.jp/"><img alt="JCDAホームページ" src="https://publishers-static.s3.amazonaws.com/magazine_image/343/72dfb1db84d74987bcfe6174d6719b80.jpg" /></a>2016-08-26T05:58:19+00:00