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JCDAジャーナル

2015年8月号 No.56

【経験代謝が起こった事例】~ 自己概念の成長が「個」から「社会」に変化を起こす ~

2015年08月25日 10:06 by jcda-journal
2015年08月25日 10:06 by jcda-journal

~自己概念の成長が「個」から「社会」に変化を起こす~

JCDA認定SV 小山 謙一
私には、昔からずっと気にしてきたことが二つありました。一つ目は「周りを気にすること」、二つ目は「父との関係」です。
最初の「周りを気にすること」は、人にどう見られるかをいつも気にする自分に苦しんでいたことです。会議で自分の意見を言うことをためらうこと、課内の数人の前での簡単な報告も、前日にきっちり原稿を書いて、何度も何度も練習しないとできないこと、ひどいときには、複数の選択を自分で決断ができなくなることもありました。

次の「父との関係」は、日頃の父の言い方や態度が受け入れられなかったことです。父は書道家で、たくさんの弟子を持ち、大きな組織を率いていました。その父が弟子を教えているときの、人を罵倒したような言い方や人が自信を無くすような指導を聞く度に、憤りを感じました。また、わが家で孫たちと集まって食事をする場で、父自身の話題でなくなると急に不機嫌になる様子に対して、強い反発を覚えました。同じようなことが積み重なって、父全体の人間性を受け入れられなくなっていました。憤り

このうち、日常生活の中で、学業や仕事に大きな影響があるのは、一つ目の「周りを気にすること」です。この状況を克服するために、長い間自分の変革、改造に取り組みました。毎日のように本屋に通って「度胸のつく本」「話がうまくなるには」などのハウツーものを読んで試したり、平常心を保つために座禅をしたり、心理学の本から知識を得て気持ちのコントロールをしたり、いろいろなやり方を試みてきました。

経験代謝を語るとき、最初はこの「周りを気にする」という課題に取り組んできたプロセスが経験代謝だと思っていました。座禅や心理学を学ぶ中で、他人の評価を恐れないで自分のことは自分で選択していこうと決心し実行することで、徐々に人の目を気にせず行動できるように変化してきたことが経験代謝だと考えていました。しかし、その経験代謝は、自分と自分を含む世界を考える"自己概念”とのつながりには違和感が残りました。

あるとき、物語から自己概念に名前を付けるプログラムに参加しました。私は物語に、宮沢賢治の『セロ弾きのゴーシュ』を選びました。団長から技術の未熟さを強く叱責されたゴーシュが、カッコウや猫、狸などの動物たちとやりとりをする中で、自然とセロが上達していく物語が好きでした。その中でもとくに「病気を治してほしい」と野ネズミの親子が訪ねてきて、病気の子ネズミをそっとセロの穴の中に入れてやり、曲を弾いてやるゴーシュの様子や、元気になった野ネズミの親子に、「パン食べる?」と戸棚からパンをひとつまみむしってやる場面に自分が感動していることに気付きました。その場面と響き合う自分の気持ちに「優しさ」という名前を付けました。物語の全体からは「ひたむき」や「素朴」などの名前も浮かびましたが、「優しさ」の名前には何かわくわくする感覚に襲われました。セロ弾きのゴーシュ

そのことがあってからまもなくして、すでに亡くなった父の三回忌に向けて、父が生前、ある新聞に連載した自叙伝などを整理していました。その作業をしながら、昔の父の言動や態度に憤りを感じていた場面がどんどん浮かんできました。なぜ、こんなにも父に反発していたのかを何度も何度も考えました。このとき「優しさ」という名前が突然湧いてきて、自分の心を捉えました。父を、この「優しさ」という自己概念で見ていたのではないか、父の行為が「権威」とか「自分勝手」と映り、「優しさのなさ」に強い反応をしたのではないかと思い至ったのです。私には「優しさ」という自己概念があり、そこから自分と自分を含む世界を見ているということをはっきりと自覚した瞬間でした。

自分が優しいとか、いつも親切な行動をしているということではなく、「優しさ」を大切なものとして自分や世の中を見ていると思うのです。それを侵されたときに他の人以上に激しい憤りが出るのだと思います。
このとき、経験代謝のサイクルが回った実感がしました。

今、自己概念の名前は、「優しさ」より少し広がりをもった「ぬくもり」になりました。この「ぬくもり」からこれまでの経験を振り返ると、
学生時代、学園紛争で封鎖された大学から離れ、約2 年間社会福祉施設に通って、地域の子どもたちの勉強や野外活動の世話に嬉々として取り組んだこと。
大学卒業の頃、次々と広がっていく水俣病や、イタイイタイ病などの公害で被害を受けた人たちの報道に、この国の人はどうなってしまうのだろうと危機感をもち、就職先として公害防止関係の会社を選び、その後30 年間水処理やごみ焼却などの環境プラントの設計や開発の仕事をしてきたこと。
人とのやりとりに苦手意識があるにもかかわらず、人の支援をするキャリアカウンリングに魅せられ、定年前に、技術屋からキャリアカウンセラーへの道を選んだこと。
社会に出ることに自信がなく、不安と焦りの中で悶々としている若い人たちの思いを想像しつつ、キャリアカウンセラーとして、ニート状態の人の社会復帰の支援に、約10 年間携わってきたこと。
趣味の世界では、美術館に飾られた希少な工芸品ではなく、職人が手仕事で、無心につくる日常使いの雑器にこそ"美しさ”があるという「民芸」の優しい考え方に共感し、学生時代から、普段使う食器や家具に「民芸」の思想が流れているものをたくさん収集してきたこと。

と、いろいろ思い浮かんできます。そのときには気付いていませんでしたが、自己概念からの叫びは節目節目で自分を動かしていたのだとあらためて思います。そして、いったん自分の自己概念を意識すると、新聞を見ているときや、家族との会話、通勤の途中など、些細で、日常的なことでも、「ぬくもり」という視点で見ている自分を感じます。ぬくもり

昨年の4 月から、高校でキャリアカウンセリングを担当しています。家庭の事情が厳しかったり、過去にいじめなどで不登校になった経験をもつ生徒も多い高校で、勤勉性や規律に対する意識の低い生徒も少なくありません。このため先生方は生活指導に重きを置かざるを得ず、生徒に対して権威的な指示や決めつけた言動が当たり前のように飛び交います。そういう環境の中で、"周りを気にしていた”私が比較的安定して、生徒自身の経験に焦点を当てて関われているのは、自分の自己概念を意識できたからかもしれません。

最近ではその安定した関わりに評価をいただき、先生方への研修を依頼されたり、学校協議会のメンバーに推され、学校改革の助言を期待されたりすることが出てきました。
経験代謝の"意味の実現”が、自分自身と、周りからじわっと起こり始めている感じがします。この新しい経験を取り込み、経験代謝のサイクルを動かすことで、自己概念がさらに成長していくような予感がしています。

これからも、自分の自己概念から湧いてくることを素直に発信していきたいと思っています。また、キャリアカウンセリングやスーパービジョンの場だけではなく、いろいろな場面で、他の人の自己概念に関わっていきたいと思います。そのことが「個」から「社会」に、じわっと変化を起こしていくことだと信じています。

 小山 謙一 プロフィール
企業の環境プラント部門で30 年間、設計・開発を担当。その間チームメンバーのメンタルヘルスや自己啓発にも関わる。その後CDA として、大阪府のニートサポートクラブや若者サポートステーションなどで就労に困難を感じている若者の支援を約10 年間担当。現在は、おもに大学生や高校生のキャリアカウンセラーとして活動をしている。JCDA 認定スーパーバイザー

特定非営利活動法人日本キャリア開発協会

 

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