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JCDAジャーナル

2016年大会特別版 第2号

赤ペンキャリアカウンセリング~WHY(ワイ)思考を高めるキャリア教育~

2016年08月09日 18:45 by jcda-journal
2016年08月09日 18:45 by jcda-journal
上野 香織さん(北海道支部)

◆「学生時代に頑張ったこと」が書けない4つの壁
文部科学省の大学設置基準改正により、2011年4月から大学における社会的・職業的自立に関する指導(キャリアガイダンス)が義務化されました。大学生には入学後にぶつかる4つの壁があります。就職活動前に、目標を見出せないまま漫然と過ごした大学生活を後悔していたり、実習やインターンシップがトラウマになったりしていた学生に共通していたのが次の4つの壁でした。

  1. 不本意入学の壁:こんな大学/学部/学科に来るはずじゃなかった。
  2. 大1ギャップの壁:学びがイメージと違った。興味が持てない。楽しくない。
  3. カッコ悪いの壁:意識高い系と言われたくない。泥臭い努力は見せたくない。
  4. 本末転倒の壁:教室には居るだけ。学んだことが語れない。

特に①は意外に多く、挫折感で大学(学び)を選んだ学生は2割にのぼります(Fig.1)。fig.1これは、大学生の約3割が未進路で卒業すること(就職率72.6%。文部科学省、学校基本調査、2015)につながります。(JCDAジャーナル 2011年8月号「私のキャリア形成」 参照)


◆最小の努力で最大の成果を望むクライエント
壁を乗り越える支援には、個別キャリアカウンセリングが理想ですが、時間的にも人的にも難しい現状があります。仮に、強制的に面談しても、社会に出ることを楽観的に考え、面談を面倒くさがる学生もいます。一方で、「話を聞いてくれるだけなら話しません」と解答を欲しがる学生もいます。

以上を踏まえ、義務化された社会的・職業的自立に関する指導(キャリアガイダンス)の中で、学生個人が過去の経験と向き合い、4つの壁を乗り越える力を身につける支援ができないか、と考えました。


◆経験代謝のサイクルを自ら回す力=WHY思考(ワイシコウ)という仮説
自らの経験と向き合う方法として「経験代謝」があります。キャリアカウンセラーが「なぜ」「どうして」「どうすれば」等の疑問詞を用いた効果的な質問をすることによって、クライエントの経験代謝のサイクルを回し、自己探索を促していく方法です。

これを、クライエント自身が、自ら経験代謝のサイクルを回せるようにする、つまり、クライエントが「なぜ」「どうして」「どうすれば」と"WHY思考”で自分に問いかけ、原因、背景、改善策を考えられるようにします。そうすれば、キャリアカウンセラーからの質問に答えるのと同じように、自己の内面と対峙して経験を再現し、周囲の視線や他人の存在を意識することなく、肯定的な自己概念にたどり着くことができるはず、と仮説をたてました。

WHY思考を高めることが、
  • クライエント自身が経験代謝のサイクルを回すことにつながるか
  • 自己概念の成長を促すドライビングフォースになるか
について検証します。


◆キャリアガイダンス授業+WHY思考レポート
2015年9月~2016年1月の期間で、大学生(2年生53人、3年生95人)を対象に、単位認定となる週1回90分×15回のキャリアガイダンス授業において、WHY思考レポートを導入しました。レポートの記入は2回目以降の計14回で、記入時間は10分~20分、授業評価や成績とは一切関係なし、としました。

キャリアガイダンス授業(Fig.2参照)の目的は、
  • 自分の内面に問いかけ(01~02自己分析)
  • 社会が求めているキラキラした学生を目指し(03学生生活の設計)
  • 社会を知り(04仕事の可能性)
  • 社会が期待する自分を創りあげる(05~07)
とします。Fig.02

キャリアガイダンス授業では、例えば「人間力」の回では、社会人基礎力診断でセルフチェックし、社会が求める理想と現状の差異を明確にします(Fig.3参照)。fig.03
WHY思考レポートでは、指定されたテーマと、書き方パターンに従って、「なぜ差異が生じるのか」「どうすれば差異は埋まるか」と考え文章にして提出します。


◆書き方パターンで「経験代謝の扉」をノックする
WHY思考レポートの書き方パターンは、前半は授業に集中して取り組むことを目的としてパターン1を、後半は考えを論理的に表現することを目的としてパターン2を指定しました。

●書き方パターン1
授業内容:レポートの書き方、人間力、言語技術、自己満足度、経験の分解、進化の設計、バケツの法則、TODO管理
  1. テーマの羅列(今日習ったことを羅列する)
  2. 印象に残ったこと(印象に残ったことを挙げる)
  3. WHY思考(なぜ印象に残ったのか、過去の経験を踏まえて背景や原因を考える)*
  4. 志(3を踏まえて、目標や改善案、行動計画を立てる)

●書き方パターン2
授業内容:経験の記録、仕事見つめる分析、働くとは、思考の変換、受け入れる、察する力、場面の再構成、チームワーク
  1. 結論(主張したいこと)
  2. なぜなら(結論づけた理由)*
  3. たとえば(具体的な事例)*
  4. もし(仮説や譲歩)*
  5. だから(結論の念押し)
  6. 志(目標や行動計画)

特に*を書くためには、WHY思考しなければなりません。毎回、WHY思考の○(丸)がもらえない学生には机間指導をし、中には「『なぜ』△(三角)なんですか」と質問に来る学生もいました。「書き方パターン」という制約により、WHY思考を習慣づけ、自ら経験代謝を回すよう促しました。


◆赤ペンキャリアカウンセリングで「自己概念の影」に目を向ける
提出されたWHY思考レポートは採点し、赤ペンで質問を書いて、翌週に返却をしました。質問は「なぜそう感じたのだと思いますか」「この結果どうなりましたか」等で、キャリアカウンセリングの質問を想定した、いわば"赤ペンキャリアカウンセリング”です。

例えば、「察する力」の授業で、「察する力を高めるためには」というテーマで書いた時のことです。医療系学生が臨床実習中、担当患者様との世間話に苦労した、という事例を挙げました。

患者様が「早く退院したいな」と言った。退院は無理であろうと、本人も家族もわかっていた。しかし、私は、「治れば退院できますよ」と言ってしまった。患者様が力なく微笑んで、それで会話が終わった。もっといい会話ができたのではないか、とずっとひっかかっている。だから、次の実習までに察する力を高めたい。

という内容が書いてありました。私は、赤ペンで

「なぜ『治れば退院できますよ』と言ってしまったのだと思いますか」

と書いて返却しました。授業が終わると、その学生がやってきて、会話の続きをするように話し始めました。

「あの時、私、早く何か言わなくちゃって思ったんですよね。沈黙が耐えられなかったんです。あれは、患者様を察した言葉じゃなくて、沈黙を避けるための、自分のための言葉だったんですよね。黙ってうなずくだけでも、微笑むだけでも、会話は成り立ったのかもしれないって。」

学生は、赤ペンキャリアカウンセリングで、「どうしてだろう」と深めて考え、自分なりの答えにたどり着いていました。「もっといい会話ができたのではないか」という漠然とした状況を自らの力で脱し、次の挑戦に向かっていました。学生自身が経験代謝を回し、自己概念の影に目を向けることができた、といえます。


◆「ゴール」の見える化でWHY思考を意識する
WHY思考レポートの得点率の平均は、途中、書き方パターンを変えましたが、右肩あがりに向上しました(Fig.4)。ueno04

これは、「なぜ」「どうして」「どうすれば」とWHY思考し、文章で表現できるようになったということです。

実は、昨年は点数化をしなかったのですが、満点というゴールが見えることは、学生にとってわかりやすい目標になりました。学生は満点を目標に取り組み、書き方パターンや、赤ペンキャリアカウンセリングをきっかけにWHY思考を深めました。満点が取れると、WHY思考ができたと認識すると同時に、視座の高さや考察の深さ等の文章力の伸長も実感できました。


◆WHY思考で「自己と社会のつながり」を意識する
もう一つ、WHY思考は自己概念の成長を促すドライビングフォースになるか、の検証です。自己概念の成長とは、「自己と社会の"つながり”に対する肯定観によって生み出される心理的発達に対する実感」である(「キャリアカウンセリングとは何か」第2章、2009-,日本キャリア開発協会)という定義に基づき、WHY思考レポート記入用紙で、次の質問を毎回行い、主観による%での回答を求めました。

  • Q1.自分の内面と向き合うことができましたか。
  • Q2.自分と社会の融合を意識して取り組めましたか。

この2つの質問に対する割合の平均は、緩やかに上昇しました(Fig.5)。ueno05
自分の内面と向き合い、自分と社会の融合を意識するようになった、ということは、15回の授業コンテンツが効果的だったことを意味します。キャリアガイダンスの授業とWHY思考レポートは、「自己と社会の"つながり”に対する肯定観」と、「心理的発達に対する実感」の高まりを生んでおり、自己概念の成長を促すドライビングフォースになった、といえます。


◆赤ペンで「キャリアカウンセリングのきっかけ」を作る
話を聞いて欲しいという学生には、個別に時間を作り、キャリアカウンセリングを行いました。内容は不本意入学、留年、恋人、家族、実習、友人、進路等、多岐にわたりました。WHY思考で考えても整理できない場合は相談する、という行動のきっかけをつくることができました。


◆社会が求める「なぜ」「どうして」「どうすれば」を考える力
臨地実習から戻った医療系学生からは、「授業が役に立った」と報告も受けました。

「指導者に叱られた時、『なぜ叱られたのだろう』とWHY思考することで、落ち込まずに改善できました。」

と話してくれました。また、

「WHY思考って、アセスメントやEBMにつながる感じがするんですよね。」
(アセスメント:評価、課題分析。EBM:Evidence-Based Medicine根拠に基づく医療。)

と評した学生もいました。WHY思考は、自分の内面と向き合うだけでなく、例えば「患者様は『なぜ』リハビリを嫌がるのだろう」、「では、『どのように』声かけすればよいだろうか」を想像する力になっていました。特に、医療系職種(看護師、理学療法士等)を目指す学生は、WHY思考を高めることで、現場で求められる「相手の立場に立って考える力」を身につけることができました。


◆今後の展望
今後の課題は、キャリアガイダンスとWHY思考レポートの実施時期です。今回、大学2、3年生に実施しましたが、4つの壁をより早く乗り越えるためには、大学入学後の早い段階で実施することが必要です。受験や入学という経験を振り返って、肯定的な自己概念にたどり着くことが、大学生活の充実に欠かせません。大学教職員のFD/SDも含め、さらに連携を深めていきます。


◆クライエントの持っている力を信じる
就職実践指導から始めた現在の仕事ですが、就職準備学年では間に合わないと、起業した翌年にはキャリア教育の教材開発に着手し、CDAも取得しました。現在、オリジナル教材数は62に及び、学科ごとにカスタマイズしています。さらに、気持ちの変化だけでなく行動の進化のためにはどうすればよいか、と教職員の方々とも話し合いたどり着いたのが、この「WHY思考レポート」でした。

今回、WHY思考を高めることで、クライエント(学生)自身が経験代謝のサイクルを回すことできるようになること、それが、自己概念の成長を促すドライビングフォースにもなることがわかりました。今回の検証で痛感したのは、

経験代謝のサイクルを回すことは、本来クライエント自身が持っている力である。

ということです。キャリアカウンセラーはクライエントが持っている力をどこまでも信じる、という支援スキルの重要性に、改めて気づきました。今後も、データに基づく定点観測を行い、より効果的な授業運営を進めてまいります。

プロフィール
筆者 上野 香織
活動領域 学生支援
その他 大学卒業後、東証一部上場企業に勤務。7年間の人事部採用担当を経て2005年株式会社向日葵を設立。大学・短大・高専・高校での講座講師を務め、就職塾向日葵を主宰。Eラーニング教材、就活アプリも開発。マイゴールは「就職活動できない理由を全部つぶすこと」。日経BP社 日経テクノロジーオンラインCOLLEGE「就職活動は怖くない」
http://techon.nikkeibp.co.jp/article/CAMPUS/20110513/191748/
web:http://www.job-can.com/
blog:本当にあった就職活動の話:http://shushoku.air-nifty.com/blog/
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